第三百八十五話 か・い・か・ん
「ふふ、楽しいね。佐藤桂太くん。私とっても楽しいよ。やっぱり、人の陣形を蹂躙するのって、最高に楽しいよね?か・い・か・んってやつ~」
彼女は、もはや怪しい笑みまで浮かべてきていた。将棋は、自分が思い通りの展開になると、脳内麻薬のようなものが出てきて、とてつもない爽快感があふれてくる。難しい詰将棋を解けたとき、相手を一方的に攻め潰したとき、苦しい将棋を逆転できたとき。
将棋をしていて本当に良かったと思うのだ。
まずい。状況ははっきり言って悪かった。やはり、攻撃の速度が早い。それもずば抜けて早いのだ。
超高校級の攻撃力。噂は伊達じゃなかった。右四間飛車は、攻め駒を一点に集中させて突破を図る戦法だ。火力はすさまじいものの、狙いが分かりやすい。よって、定跡通りに対策を作ってみたが、彼女はやはり曲者だ。俺の陣形を見るや、定跡を外れて力戦へ。
右四間飛車はブラフとも言わんばかりに、攻めの形を流動的に変えてB面攻撃に移行する。そのまま、一気に攻め続けていく。俺の陣形は簡単に崩壊した。
「あまりに一方的すぎて、言葉も出ないのかな~ お姉さん、いじめすぎちゃったみたいだね。早く仕留めてあげないといけないよね。だからさ、早く形作りして首さしだしてよ。潔い男の子、好きだよ、わたし~」
言葉には騙されないで考え続ける。
抜けはないか。俺の目指す理想像に間違いはないか。それだけを必死に考え続けた。
「ショックで無視か。じゃあ、仕留めるよ~ 仕留めちゃうよ~ はい、これで完了」
端攻め。
やはり、ここからさらに攻めてくるのか……
……………………
………………
…………
……
「かかった」
計画通り。
ここまでは、全て狙い通りだ。
たしかに、一方的な展開だった。このままいけば、確かに負けてしまう。
だからこそ、逆転の一手を指すタイミングを狙わなくてはいけない。
それがこのタイミングだ。
彼女の攻めは早すぎるのだ。将棋において、タイミングはもっとも重要だ。
遅すぎても、早すぎてもいけない。
彼女のタイミングは悪かった。
「過ぎたるは及ばざるが如し、ですよ。市谷さん」
「なに、言ってるの?」
「やりすぎは、足りないことと一緒です」
俺は静かに逆転の一手を放った。




