第三百八十四話 攻め
「お姉さんが先手だね。まあ、言わなくても分かると思うけど」
そう言って、彼女は角道を開けた。
市谷友里。居飛車党。現在、関西最強クラスの女子高生。
辻本さんとのダブルエースとも言われて、西関高校の中核だ。
だが、相手が居飛車ならこっちも伝家の宝刀を採用できる。俺は、いつものように矢倉を志向する。
「やっぱり、矢倉か~ お姉さんの得意技わかって、誘ってるのかな? キミ意外とプレイボーイ? なんてね」
「来てくださいよ、市谷さん。年上お姉さんの得意技みたいな~」
「甘えん坊さんだね。いいよ、見せてあげる。最強の一撃を」
さあ、お互いの得意戦法同士の激突が始まる。
市谷さんは飛車を横に動かす。
居飛車にもかかわらずだ。
右四間飛車。居飛車にもかかわらず、飛車を横に動かす戦法。
数多くある将棋の戦法の中でも、最強クラスの攻撃力を持つと言われる火力特化の戦法だ。
矢倉崩し。
その破壊力は、無数の矢倉を崩壊させてきた。最強の弾丸だ。
矢倉党には、悪魔にも思えるほど最強の火力を持つ。一手ミスれば、一撃であの世生き。
「どこまで耐えられるか、楽しみだよ~」
さあ、はじめるしかない。
地獄の輪舞曲を。
「じゃあ、行くよ~。頑張ってた・え・て・ね」
「崩れてね」の間違いじゃないのか。そう思いつつ、俺も思考を加速させた。
ここからは、思考の殴り合いだ。
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人物紹介
市谷友里……
関西最強クラスの女子高生。
3年生。容姿が良く気さくでサバサバしている。年下の男の子をからかうのが好き。
東の米山・西の市谷と呼ばれて、実力と人気を二分している。
将棋は、火力特化。ライバルの米山が終盤での泥沼化からの逆転を得意としている一方で、彼女は序盤から攻め続けて、一気に押し切ってしまう速攻が持ち味。
得意戦法は、火力抜群の右四間飛車。
用語解説
右四間飛車……
角道を閉じた相手に対して使える火力特化の戦法。
飛車が右から4つ目の場所に移動するため、このような名前になったと思われる。
実は、現存する最古の棋譜にも登場する由緒ある戦法。
今回の図は厳密に言えば「右四間飛車左美濃急戦」と呼ばれる形。




