第三百七十七話 三段玉
本来はあり得ない王様の動きをするのが、辻本流三段玉。
王様があり得ない挙動を描いて、攻防の最前線に躍り出る。
こんな将棋は、定跡化されているわけがなく、全てが未開の荒野。将棋ソフト的に言えば、俺の方が圧倒的に有利なはずなのに、時間もない大会の場では、お互いの才能と能力がぶつかり合う壮絶な力勝負になる。
そして、この戦法の一番の恐ろしさは……
敵陣への直接的な殴り込み。
入玉だ。
ほぼ初手から、入玉含みで将棋が構成されている。
将棋の駒は、うしろに移動できる駒が限られる。だからこそ、王様が一番安全な場所は、敵陣だと言われるゆえんであり、片方の王が一方的に入玉した場合は、勝つことが難しくなり、相手もどうにかして自玉を敵陣に突撃させて、引き分けにもちこむことくらいしか手段がなくなる。
入玉をひっくり返して、逆転勝ちするだけで、"名局"と呼ぶに値するほど、勝つことは難しくなる。
辻本さんが負けない将棋と言われるのは、この入玉の巧さにある。
どんなに劣勢でも、彼だけが持つ特殊感覚で、絶妙に入玉してしまい引き分けに持ちこまれてしまう。
だからこそ、居飛車の中でも最も攻めが早い"早繰り銀"を採用した。
相手の陣形が整う前に、一気に攻め潰すしかない。持久戦になればなるほど、相手に有利になっていく。これからは、時間との勝負となる。
「早く攻め潰さなくちゃ、そう思ってるんだろ?」
そう言うと、辻本さんは悪そうな笑いを浮かべながら陣形を手厚くする。
入玉将棋は、陣形の厚みがモノを言う。時間をかけることは、その理想形が完成させてしまう手助けになる。しかし、彼のバランス感覚は最高で、速攻を狙う相手をことごとく受け潰して勝ってしまう。
焦らずに、しかも、素早く。矛盾するようなことを制限時間が少ない時間でしなくてはいけない。
だけど、ここで止まるわけにはいかない。
ここは、俺たちにとっては通過点だからだ。
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用語解説
間宮流
序盤から王様を三段目に移動して攻防に使う独特の指しかた。
最初から入玉含みで将棋を組み立てる異端戦法。
将棋界きっての変人奇人とも言われた間宮純一元プロが考案した。
別名を「久夢流」。




