第三百七十三話 バグ
「ついに、豊田政宗の本気が見れるな」
「ああ」
1回戦が終わった俺たちは、絶好の位置をキープして教育大付属の対局を観戦した。
教育大付属高校。
超がつくほどの名門校であり、絶対王者。
レギュラーのほとんどがネット将棋では、四段から五段に位置するアマチュア強豪ばかりだ。
高校生だけではなく、アマチュア界トップ、そして、プロからもポテンシャルを期待される2年生で次鋒の豊田政宗。
腰掛け銀の大家で、先鋒の2年生相田美月。
中堅は、アマ屈指の中飛車の専門家の倉川あずさ。
副将は、高校生最強のオールラウンダーの異名を持つ前回大会全国ベスト4の犬養紘一。
そして、大将は、無名の一年生ながら都大会予選準優勝の実績を持つ渋宮沙織。
「レギュラー全員が、都大会個人戦ベスト8以上。レギュラー同士が準々決勝で潰し合ったせいで、ベスト4独占ができなかったという層の厚さだ。全国大会よりも勝ちあがるのが難しいとも揶揄される都大会の順位は、1位・豊田政宗、2位・渋宮沙織、3位・犬養紘一。笑えてくるな」
俺は苦笑する。まるで異世界転生小説のようなチート集団。
「まあ、俺たちも、地区大会は表彰台独占しているようなもんだしさ」
文人は少しでも場を明るくしようとフォローしてくれた。
「そうだけどさ、一番怖いのは大将の渋宮だ。あいつは、個人戦の棋譜しか手に入らなかった。居飛車党のようだけど、相がかり・横歩取り・角換わり・矢倉と器用に使い分けて特徴をつかむことはできなかった」
「"豊田政宗"の後継者の異名は伊達じゃないってか?」
「ああ、そうだな」
あまりにも不気味な彼女のことは一気に話題になった。しかし、ネット将棋を含めて棋譜がほとんどない。だからこそ、その不気味さが際立っているわけだが……
今回の団体戦で棋譜をもっと見れるかと思ったが、予選からすべてストレート勝ちしているので、出番はなかなかやってこなかった。
豊田政宗はめんどくさそうに席に座ると、駒を並べた。俺が予選で当たった栃木ベスト16の神山さんが対局することになっている。
「しかし、豊田が矢倉とは珍しいな、専門家さん?」
「ああ、インタビューで豊田に矢倉は終わったと言われた時は正直、ショックだったからな」
そう、豊田は相手が矢倉の時は、左美濃か雁木を使うのが多い。
そして、豊田は驚愕の一手を見せた……
「なっ……」
同じ居飛車党の文人も驚く。それは何十年も前に主流だった戦法……
「これは……"中原流急戦矢倉"。精密機械が、バグでも起こしたか……」




