第三百七十話 最後の夜
<米山side>
「いよいよ、明日か」
私は最後の団体戦に思いを馳せながら、15階から窓を見る。このビジネスホテルを宿に連戦を戦う。
外は夜だというのに、まだまだ熱気が漂っている。もうすぐ日付が変わる。早く寝なくちゃいけない。でも、緊張でなかなか眠りにつけないのだ。たぶん、みんなそうだろう。最後の団体戦。
結局、初日は、私とかな恵ちゃんの出番は回ってこなかった。
文人くん、桂太くん、葵ちゃんの3人が無双して、3試合すべてでストレート勝ち。完全に「台風の目」的な存在だ。会場でも、「ダークホース」とか言われていた。桂太くんは「ドレーク」船長とか揶揄されていた。
とりあえず、かな恵ちゃんと私は明日に備えて万全の態勢で臨むことができる。将棋は意外とつかれる。だからこそ、私たちが温存されたのは大きな意味を持つ。
それは逆に、責任も伴う。みんなが作ってくれたチャンスだ。明日は大活躍しなくちゃいけない。
冷房の音が強くなった。少しだけ、肌寒い。
思えば、この3年間はいろんなことがあった。
山田くんに負け続けて、自分を見失った暗黒の1年間。将棋を見るのも嫌になるほど、絶望に狂ったあの日々も桂太くんと会えたことで、世界が色づいた。灰色の世界が、色鮮やかなものに変わった。将棋が、彼と繋がる唯一の宝物になった。
そして、思ったのだ。
彼の才能は、いつか私を追い抜く。その時、私は彼に必要とされるのだろうか?
それはいまだにわからなかった。もう、桂太くんは私のはるか彼方に達しようとしている。それは地区大会の個人戦ではっきりした。恐れていた時が来てしまったと思った。そこにあるのは、嫉妬と恐怖、そして独占欲だ。
つい数か月前まで、彼と私だけの世界が部室にはあった。文人くんは、私に遠慮してくれて少しだけ距離を取ってくれていた。
でも、今は違う。
かな恵ちゃんがいて、葵ちゃんがいて、私がいる。
それは将棋部長としての私には幸せなことだけど、女としての私にとっては不幸なことだった。
でも、不幸だと思っていた世界が、いつの間にか桂太くんと同じくらい大事な場所になってしまった。自分でも甘ちゃんだと思う。だけど、幸せな時間だ。
それが明日で終わると言うのは、やっぱり……
だからこそ、最後の思いでは笑って終わりたい。私も誰にも負けるわけにはいかない。それが私たちの幸せにつながることだから。
本当は弱くて泣き虫なひとりの女が、精一杯、見栄を張る。だって、私は部長だから……
でも、ひとりのいまだけは、女の子に戻ってしまう。
「怖いよ、桂太くん」
ここにはいない最愛の人に私は甘えた。




