第三十七話 涙
「うわああああん」
私は、泣いていた。米山部長の胸の中で。そのぬくもりに抱かれながら……。
「よしよし、がんばったね。葵ちゃん」
部長はわたしを優しく抱きしめてくれる。ああ、終わったんだな。そんな気持ちになる。
「優勝、おめでとう。葵ちゃん。さあ、もう少しで、桂太くんの決勝だから、一緒に応援しよう? ね?」
「はい、すいません。安心したらきゅうに」
緊張の糸が切れてしまったのだ。
はじめての大会で、決勝。いくら初心者の部とはいえ、わたしには荷が重かった。でも、負けたくないし。みんなのために、教えてくれた桂太先輩のためにも勝ちたいし。
もう、最後は頭が真っ白だった。見よう見まねで、敵の囲いを上から押しつぶして、相手の反撃をくらう。
複雑になってしまった盤面をわたしは凝視しながら、その反撃は無理筋だと直感的に理解した。
敵の攻撃を無視して、私も敵の王に食らいつく。最後はノーガードのパンチの撃ちあいとなった。
そして、ほぼ無意識で指し続けたその攻撃は、相手の王を完全に捕縛していた。
※
わたしは、後輩を握りしめながら、若干の恐怖を感じていた。この子は、まぎれもない《天才》だ。
相中飛車という難しい戦いで、自力で最善手を見つけ出し、緊張でパニックになっている最終盤で、精密機械のように戦局を見極めて、的確に相手を詰ましていく。
これがはじめて1週間の初心者なんて信じられない。終盤に関して言えば、すでに有段者と同等の実力を有している。
桂太くんに感じたものとは違う才能。彼女が味方でよかった。 そう感じるほどの恐怖。
この数カ月、もしくは数週間で彼女は大化けするかもしれない。そんなとき、わたしは果たして彼女を上回っていられるのだろうか? 不安と焦りが生まれてくる。
桂太くんと、かな恵ちゃんが対局場に姿を現した。ついに決勝戦がはじまるのだ。
あの兄妹の戦いが……。
はたして、彼女は、この数年間でどこまで成長したのだろうか。文人くんとの対局は、知識量で圧倒した勝負だった。でも、それはあくまで知識量だけでしかない。
もっと本質的な実力をみたい。
だから、彼女の相手が、わたしの分身のような桂太くんでよかった。
「振り駒の結果、知多かな恵さんの先手となります」
審判がそう言った。桂太くんが、少し苦い顔になった。先手が欲しかったのだろう……。
「おねがいします」
「おねがいします」
かな恵ちゃんが、駒を動かす。
その一手は、観客と桂太くんを驚愕させた。




