第三百六十九話 勝負師の矜持
「なんだ、浜田か」
「なんだとは、なんですか? せっかく大学の後輩が、声をかけてあげたのに」
大学将棋部の後輩だ。1学年下の男の後輩で、振り飛車党だ。学生時代は、相振り飛車をふたりで研究したこともある。
「いや、さっき戦ったじゃないか、俺たちの教え子。お前、水道山高校の顧問だったんだな。知らなかったよ」
俺は白々しいウソをついた。浜田の性格から、どんなオーダーを組んでくるか予想通りだった。
「完全にやってくれましたね」
「なんのこと?」
「とぼけないでください。佐藤桂太の二番手活用ですよ。とんだ奇襲でしたね」
「ああ、あれか」
浜田は本気で怒っているわけでない。ただ、答え合わせをしたいだけだ。性格は全然変わらないな。
「わかってるだろ?」
浜田は分かって聞いているのだ。なら、面倒だから答えを言えと俺はうながした。
「教育大付属の"豊田"対策でしょ」
「ああ、正解」
教育大の豊田の定位置は2番手。だから、俺は桂太くんを彼にぶつける作戦で、オーダーを地区大会と変えた。
「たしかに、佐藤桂太の才能は本物だ。でも、早すぎませんか。個人戦でもないのに、あのふたりをぶつけるのは時期尚早だ。下手したら才能ごと潰される」
「そうだね」
「先輩ですら、指し分けた相手ですよ。豊田は怪物です。プロ編入試験合格は間違いなし。将来のタイトルホルダー候補とも言われているのに」
「だからこそ、勝てる可能性が一番高い相手を、ぶつけるんだよ」
「本気で勝つつもりなんですね、あの無敵艦隊に」
何を馬鹿なことを言ってるんだ。始まる前から負けると思っている奴なんているかよ。
「そのつもりだよ。お互いに決勝トーナメントがんばろうぜ。2位突破おめでとう」
「あなたってひとは……」
浜田は何か言いたそうだけど、こらえた。これ以上言えば、自分たちは明日は1回戦敗退すると宣言するようなものだから。
「大会が終わったら、いくらでも聞いてやるよ。一杯飲もうぜ」
俺はそう言って話を終わらせた。
明日までは余分なことに気をつかいたくはない。
豊田政宗を要する無敵艦隊を破って優勝。
俺の頭には、地区大会からこのことしか頭になかった。
戦力・やる気・努力。すべてを兼ね備えたメンバーが揃っている。
これで勝てなかったら、あとは指導者の責任だ。
対策は完璧だと思う。あとは、実際のヤバさが想像以上だと考えて動かなくてはいけない。
明日はすべてを置いてくる。
俺の勝負師人生のすべてをそこにかけなくてはいけない。
ここで終わってしまってもいい。
それくらいの覚悟で俺は、このメンバーで勝ちに行く。




