第三百六十八話 打ち砕かれる希望
(もうやめてくれ)
僕は心の中でそう願った。
僕が佐藤と戦った戦型は「相矢倉」だった。相矢倉は本来、差が付きにくいものだと考えられている。一手差で勝負が決まることが多く、接戦になりやすいはずだったのに……
盤上では無慈悲の虐殺が続いていた。丸内文人のようにノータイム指しというわけではないが、一手ごとに深い意味がこめられている強烈なパンチが飛んでくる。一手ごとに読みの質が段違いだと見せつけられる。
名門校のレギュラー。
地区大会ベスト8。
来年度のキャプテンにも指名されている。
俺のプライドだったものだ。豊田政宗以外の同年代にはいい勝負ができると確信していた。でも、同年代の佐藤桂太はレベルが違った。いや、住んでいる場所が違う。
たぶん、宇宙人だ。言葉も文化も違う異次元の存在。ただ、圧倒的な力をもっていて、アリでも踏みつぶすかのように俺たち地球人をつぶしていく。
俺たち一般人はこいつらにとって養分だ。もう恐怖しか感じない。
ボロボロにされていく矢倉と無傷の佐藤の陣地を見ながら、僕は投了を宣言した。
もしかしたら、来年は僕の時代になるかもしれない。そんな妄想をすることがあった。そんな馬鹿な妄言は今日、完全に打ち砕かれてしまった。
※
高柳side
「おい、栃木の名門で前回ベスト4の"水道山高校"がストレートでやられたぞ」
会場では、さきほどの大戦の結果で盛り上がっていた。当たり前だ、俺が顧問しているチームが前回ベスト4くらいに止められるわけがないだろ。俺たちの予選2回戦がはじまったが、もう結果はほぼわかっていた。「終盤の精密機械」があれを逃すわけがない。
「ああ、見た。佐藤桂太と米山香の学校だ。あのダブルエースのワンマンチームじゃねえ。柿谷が無名のやつに、完封されてた。佐藤桂太は噂通りやばい中盤力だったし。3番手の女の子は、実戦で27手の即詰みを読み切りやがった」
「あの学校ヤバくねえか。米山の出番なんて回ってこなかったし」
「もしかしたら、今回の大会は"アルマダ海戦"なのかもしれない」
「豊田の「教育大学付属」とは決勝トーナメントのどこで当たる可能性があるんだ?」
「2位突破ならべスト16、1位突破なら準決勝だ」
「今やっている2回戦の途中結果はどうなんだ? 宮城県の"錦が丘"だろ? あそこだって、水道山と比べても遜色ない戦力だろうし……」
「もう負けたよ」
「「「えっ」」」
これで、予選の戦いを一つ残して決勝トーナメント進出が確定した。上出来だ。
"水道山"と"錦が丘"と同居する「死のグループ」でどちらもストレート勝ち。完璧と言ってもいい出来だ。
「計画通りですか? 高柳センパイ?」
俺は振り返った。




