第三百六十四話 才能
「行ってこい、文人」
「ああ」
予選リーグがついにはじまった。俺たちの初戦の相手は、全国の常連校であり古くは優勝経験もある栃木の名門校。
俺は初陣を任された。
「それでは、はじめようか」
盤の前には眼鏡をかけた痩せた男が待っていた。これが栃木個人戦で三年連続代表になった強豪”柿谷雅也”
三年生で最高順位は全国ベスト16。栃木の麒麟と呼ばれる厚みがある将棋が特徴だ。
「失礼だが、僕の相手がキミとは舐められたものだね」
「……」
正直に言うとマナー違反だ。盤外戦術。強豪の中にもこういう挑発するマナーが悪い人がいる。
「米山か佐藤桂太が来るものだと思っていたんだ」
「桂太のことを知っているんですね」
「むしろこの大会の個人戦にでて、彼をマークしていないひとはいないんじゃないかな」
「親友のことを高く評価してもらえてうれしいです」
「そうか、キミは彼に近いからよくわかっていないんだね」
「……」
ご高説を賜ることにする。聞き流してもいいが、親友を褒められて悪い気はしなかった。まあ、相対的に俺がバカにされているんだけど。
「彼の才能は驚異的だよ。僕はあらゆる手段を使って、彼の大会の棋譜を集めた。彼は、矢倉使いだ。今ではソフト研究の影響で冬の時代の矢倉で彼は勝ちまくっている。さらに、決勝と準決勝では超高校級とも呼ばれる米山・山田の両名を打ち倒している。山田は、定跡を外した力勝負を正面から挑んで。米山には彼女の得意戦法四間飛車を真っ向から粉砕して。たまに、彼はラッキーで勝ち上がったと思っているばかな奴もいるけど、それは彼の才能をみとめたくないだけだ。アマチュア界の覇者”豊田政宗”が来月にプロ編入試験を受験する。そして合格はまちがいないだろう。そうすれば、佐藤時代がはじまる。僕はそう思っている」
「そんなこと言われなくても知っていますよ」
「は?」
「あなたくらいのレベルの男にうちのエースはもったいないと思ったんですよ、うちの師匠は……」




