第三百六十三話 審判長挨拶
「ご紹介にあずかりました林盛です」
開会式が始まった。俺の大好きな林盛九段は演壇で開会の言葉をおこなう。
棋界一の律義者。格調高い正統派居飛車党。受け将棋の”絶対矢倉”。対局中は、固いイメージのある林盛九段だが、ネットの将棋解説ではたくさん親父ギャグを言うわかりやすい説明で、若者からも絶大な人気を得ている。
「あー、みんなため息つかないで。ホントなら、王竜とか名人とか西の王子とかに会いたかったでしょ。おじさんでごめんね」
会場が笑いに包まれる。解説三羽烏の筆頭とも呼ばれるユーモアセンスが発揮された。
「今日は、団体戦の全国大会です。みなさん、この日のためにたくさん努力して、悔し涙を流しながら厳しい予選を勝ち上がってきたんだと思います。私が、みなさんのころはね、奨励会三段でした。三段に昇段したのが、十六歳のころだったんだけど、みんなも知っているかな?この年齢で三段は相当有望株なんだよね、自分で言うのもはずかしいんだけどさ」
そう、林盛九段は天才の中の天才だったんんだ。十六歳で奨励会三段であれば、まず間違いなく将来のタイトルホルダー候補として注目される。しかし……
「でもね、そこで伸び悩んだ。結局、プロになったのは二十三歳のときでした。七年くらい鬼の三段リーグであがいてあがいて、あがきまくった。その時は、今までと変わらない努力をしていたつもりだったんだけど、どうしてもダメで。もしかしたら、俺って、もうプロになれないんじゃないかなって、いつも悩んでいた」
これが悪魔の七年間と呼ばれるエピソードだ。俺も何度もこのエピソードを語ったインタビューでもらい泣きしかけている。
「そんな暗黒の青春時代を助けてくれたのは、師匠と先にプロになったライバルたちでね。俺がプロになって、お前が成れないのはおかしいっていつも稽古をつけてくれたり、ご飯に連れていってくれたりしてもらったんだ。やっぱり、一緒に修行時代を過ごしてきた人たちとの関係って特別なんだよね。だから、さ。今のメンバーでできる最後の大会。悔いを残さずに、将来、大学生や社会人になって、同窓会みたいなことしたときにさ。美味しい、美味しい酒のつまみになる思い出いっぱい作ってください」
そう言って彼はうなづいた。
「それでは、ただいまより、第○○回全国高校将棋大会団体戦の開会を宣言します」
会場は拍手に包まれた。ついに、運命の決戦が始まった。




