第三百五十七話 香と葵
「どうしたの、葵ちゃん?」
私が別荘に戻った時、部長が待っていた。たぶん、私の姿が見えなかったので、探してくれていたのだろう。そして、私の顔を見て、すべてを察してくれたようだ。それほど、私の顔がぐちゃぐちゃになっているとも言えるのだけど……
「部長、負けました」
私は素直に投了を宣言した。少しは清々しい顔になっていたらいいな。私は無理やりにでも笑顔を作る。
「そっか」
部長はすべてを察して私を優しく包みこんでくれた。
「やっぱり部長たちは強かったですよ」
「うん」
「だから、焦って行動して、見事に玉砕しちゃいました」
「でも、がんばったんでしょ?」
「は、い」
「それに、葵ちゃんは負けたって顔してないし」
「わたし、意外と諦め悪いみたいです」
「知ってる。棋譜見ればわかる」
「だから、粘り続けます。誰が彼を射止めても、頑張って頑張って粘り続けます」
「怖いな、葵ちゃんは……」
「いつか、将棋でも、恋でも部長を上回ってみせます」
「完全に飢えた狼みたいな顔になってるよ」
「だから、部長、"全国"がんばりますよ。私についてきてください」
「まったく最強のルーキーはこれだから……」
部長は私の軽口に笑顔でやさしくハグを続けてくれる。とても癒される。優しい気持ちになれる。私はこの人と同じ部活で、同じ人を好きになったことが少しだけ嬉しかった。
「部長、まだ負けませんよ」
「かわいいな、葵ちゃんは……」
私たちはそう言って泣きながら笑った。たぶん、一生忘れられない合宿になったと思う。
将棋を指したい。素直にそう思った。




