第三百五十五話 結論
「葵ちゃん、ありがとう」
俺はなんとか言葉を紡ぎだす。最初はもちろん感謝だ。
俺みたいな男を好きになってくれて、何度も何度も誠意をこめて教えてくれて、ありがとう。
「答え、教えてください」
彼女は震えていた。そして、俺の答えは決まっていた。
「うん」
俺は彼女の顔をまっすぐみつめる。
「ごめん、他に好きな子がいるんだ。だから、葵ちゃんの気持ちには、こたえられない」
俺は正直に彼女に気持ちを伝える。
静かに波音が迫ってくる。しばらく無言の時間が経過する。
「やっぱり、そうです、よね」
葵ちゃんは、手を強く握りしめて、彼女は無理やり落ち着かせるような声でそう言った。
「うん」
「知ってました。でも、気持ちにうそ、つけなかったんです」
「ごめん」
「どうして、先輩が謝るんですか。謝らないでください」
「ごめん」
また、無言の時間が流れる。
「先輩、私はこの数か月、先輩だけのために将棋を指してきました」
「えっ?」
「でも、今日でそれも終わりです」
「……」
「でもね、これだけはおぼえておいてください。私はできることなら、先輩のためだけに指したかったんですよ、これまでも、そして、これからも」
彼女はすべてに満足した泣き顔で俺を見つめる。
「これで、全部、終わりです」
彼女はそう言うと、少しだけ背伸びをして、俺たちの顔は近づく。
俺たちは人生で二度とない経験を共有した。




