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第三百四十四話 カレー

 どこからか、美味しいスパイスの香りがしてくる。

 まるで、インドの神秘的な世界にやってきたようなその香りは、俺たちの心をつかんだ。

 いや、つかんだと言うのは生ぬるいな。もはや、全てを包みこんだ感じだ。すべてを魅了して、俺たちは自分が空腹だったことに気づかされた。


「さて、みなさん、お昼御飯ができましたよ~」

 俺たちが夢中になって将棋放送を見ていると、葵ちゃんが台所からでてきた。

 気を効かせて、どうやら昼食の準備をしてくれたようだ。

 俺も手伝えばよかったな。将棋に夢中で、全然気が回らなかった。


 カレーとサラダが食卓に並んでいた。

「いつの間に、食材を用意したんだい、葵ちゃん?」

 文人が驚いて、質問する。

「ああ、別荘の管理人さんに用意してもらっておいたんですよ。買い出しとかは必要最小限にして、みんなが将棋に集中できる環境を作っちゃおうかな~って」


 葵ちゃんは、いつもこんな感じでできた子だ。

 みんなが感心している。


 ただ、管理人さんのことは深く聞かないようにしていた。

 だって、あの一家の別荘だし……

 海近いし……

 なんか近くにセメント工場あるし……


 絶対に深く聞いてはいけないなにかがありそうだ。

 おそろしくやばい立地。(事情を知っている)俺じゃないと見逃しちゃうな。


「葵ちゃんのカレーは美味しいな~」

 そう呑気にご飯を堪能している文人のことを見ながら、俺は恐怖を飲みこんでカレーを堪能した。

 すごく、美味しかったです。


 あと、女性陣は、葵ちゃんの料理に手をつけて少し驚きながら、なぜか悔しそうな顔をしていましたとさ。ちゃんちゃん。


「お代わりもあるので、たくさん食べてくださいね~」

 葵ちゃんも勝ち誇ったような笑顔だった。

 めでたし、めでたし。


 そんな風に思っていた時代が、僕にもありました。

 しかし、これは今後の将棋合宿を象徴する乙女たちの頭脳戦の火ぶたが切って落とされたことになっているとは俺は気がつくことができなかったんだ。


 文人と俺を残して、すべてが激動の合宿編、ついにはじまる。

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