第三百四十三話 夏合宿②
あけましておめでとうございますm(__)m
今年は完結目指して、頑張るので、楽しく読んでもらえると嬉しいです。
今年もよろしくお願いします。(作者)
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初手▲2六歩。
何気ない初手だが、対局者二人が居飛車党だと、深い意味がこめられる。
≪相がかり≫の打診だ。
皆月三冠は自分の得意戦法《角換わり》を封印して、王竜相手に《相がかり》を打診したのだ。
《相がかり》という戦法は、将棋の王道戦法の中でも特異な戦法だ。
江戸時代から王道の地位に居続ける戦法。
歴代名人が愛した戦法。
そして、盤上の宇宙を一番強く表現できる戦法。
相がかりが王道戦法になってから数百年。
序盤の方針こそ確立しているが、明確な"定跡"化はできていない。
初手から少し進んだところまでは手順化されているが、そこからは丸っきりの力勝負。
飛車をどこに下げるか?浮き飛車か?定位置か?中央か?
どの攻撃手段を採用するか?腰掛け銀?早繰り銀?UFO銀?
囲いはどうするか?矢倉?銀冠?中住まい?中原囲い?雁木?
先手にも後手にも無数の組み合わせがあり、それぞれで指し方が変わっていく。
まさに力と力のせめぎ合い。実力勝負ど真ん中。
皆月三冠は、実力があるけど、なかなかタイトルが取れなかった。"無冠の帝王"とも揶揄されて、なんども将棋の頂点にある壁を超えることができなかった。
秀才型と言われて、将棋にかける熱量は、おそらく世界一だ。
しかし、秀才型の宿命か、どこか粘りや泥臭さがなかった。
美しい将棋でファンを魅了するけど、最後の最後で勝ち切れない勝負弱さがどこかにあった。
でも、彼は変わったのだ。
孤独をおそれずに、将棋と向き合うことで。
いつからか彼の将棋には、狂気が内包するようになっていた。将棋の頂点には、かならず狂気が存在する。
かつての大名人はこう言っていた。
「思考の最中に、これ以上は行ってはいけないと思う場所がある」、と
そのゾーンは狂気の世界だ。
達人同士の数百手の読み合いによって生まれるクレイジーな世界。
その入り口まで行けるだけでもすごいのに、達人たちですら怖がる恐怖の世界が存在する。
おそらく皆月三冠は、その狂気の世界に足を踏み入れたのだ。
そして、そこをノーブレーキで突き進んでいる。
だからこそ、この戦法を選択したのだ。
今までの秀才型という仮面をかなぐり捨てて、三冠同士の激突という頂上決戦で、力と力の殴り合い。
そして、対局者の王竜が、狂気に満ちた世界でも一緒に戦うことができると確信して……
王竜は、皆月三冠の初手を見て笑った。
そして、即座に△8四歩と突く。
《相がかり》の成立を意味する手だ。
ふたりは静かに笑った。
壊れないおもちゃを見つけた時の子供のような残酷な笑顔を浮かべた和服の男たちがそこには静かに座っていた。
戦いはまだ、はじまったばかりだった……




