表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/531

第三十四話 矢倉②

 おれが、戦端を開いた。

 上から相手の陣地を押しつぶすかどうかのせめぎ合いだ。相手の陣地を攻撃しつづけるが、おれの攻撃が少しだけ緩んだ。その一瞬のスキを羽田さんは見逃さなかった。


 カウンターによる端攻めだ。

 端攻めとは、敵の守備陣に向けて、歩と桂馬、香車の小駒を突入させる攻め方だ。ほとんどの防御陣に有効で、敵の囲いを崩壊させることができる反面、かなりの犠牲が発生するので、かなり戦力を減らしてしまう。まさに、「諸刃(もろは)の剣」だ。


 特に、攻撃的な棋風の羽田さんは、この攻め方を得意としていた。

 敵の猛烈な特攻におれの矢倉はズタボロにされていく。一手でも対応を誤れば、そのまま投了へと続く攻防。制限時間が短い将棋では、攻めているほうが圧倒的に有利となる。守りの手順は、一手でもミスをすれば即敗北なのだから。時間との勝負の中で、おれは高揚感を感じる。


「このくらいの状況でなにへこたれているんだよ。部長との将棋では、これが日常茶飯事だろ。考えろ、考えろ、考えろ。絶対に守りきれる」

 そう脳内で叫んで、おれは没入する。

 ひとつの逃げ道が光を放つ。


 おれは矢倉の放棄を決めた。王を全速で、矢倉の外へと逃げさせる。もはや、落ち武者のような状況だ。だが、絶望感はなかった。なぜなら、これがおれの長考のはてに見つけたひとつだけの冴えたやり方なのだから。

 相手は、王を逃がさないように、角を先回りさせてそれを逃走経路を遮断しようとする。

 しかし、相手も前がかりすぎていた。攻撃手段が切れたのだ。そこをついて、成った角によって飛車を討ち取る。そして、相手陣へと飛車を打ちこんだ、形成は、少しずつ混沌とした状況へと変わっていく。相手はなおも攻めようと香車を進軍させた……。


挿絵(By みてみん)


 おれの持ち駒は、歩と香車が1枚ずつ。

 相手は、金と桂馬が1枚、銀2枚、歩が4枚とかなり豊富だ。しかし、相手も詰みはまだない。


 考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える、考える。


 おれは、桂馬を動かした。

 敵の金の下に。


挿絵(By みてみん)


「これは……」

 羽田さんの顔が青ざめる。


「詰めろ、だね」

 彼は、声をしぼりだした。

 そう、詰めろだ。詰めろとは、なにもしなければ、詰んでしまう状況のことだ。この状況では、相手がなにもしなければ「▲4二飛車成△同銀▲同馬△2二玉▲3一銀△1二玉▲2二金」の7手詰めが成立している。


 そして、おれの王は……。


「どう考えても詰まない」

 いつも不敵な笑みを浮かべている羽田さんの顔から苦悩の表情になっていた。

 豊富にある手駒でなにもできない。この状況は辛い。


「ありません」

 苦悩のはてに絞りだした言葉を俺は聞いた。おれが決勝へのチケットを獲得した瞬間だった。


 安心して、おれは別の準決勝に目を向ける。そこでは、文人が崩れ落ちていた……。

 そして、おれの義妹が目を閉じながら、勝利の余韻にひたっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ