第三百三十七話 葵ちゃんの告白
<桂太side>
葵ちゃんはいつになく、真剣な顔で、俺の目をみつめてくる。
「私が先輩を好きだと言ったらどうしますか?」
いくら鈍い俺でも、この発言の真意はすぐにわかる。でも、時間が欲しかった。頭の中が大混乱中だ。
「それは……」
将棋でも時間稼ぎで意味のない手を指してしまうことがある。あまり褒められた一手ではないが、思考をどうしても整理したかった。
でも、葵ちゃんはすべてお見通しという顔で続けた。
「もちろん、異性として、です」
彼女は、とても誠実で俺に対して好意を向けてくれている。それはとても嬉しかった。
「いつから……」
これも混乱している頭から発せられた時間稼ぎの一手だった。
だけど、葵ちゃんは、俺の不誠実なずるい一手にも誠実に答えてくれた。
「最初からです。私に優しく将棋を教えてくれたこと。一緒に詰将棋をしたこと。そこからです」
「そんな、それじゃあ俺、なにもしてないじゃん」
「違いますっ」
葵ちゃんは、いつになく強く否定した。
「私は、そのなにげないところに惹かれたんです。自然と誰にでも優しくできてしまうところが好きなんです。その何気なさが、私にとっては一番大事なんです。だから、私の大好きなところを、自分で否定しないでください」
「ごめん」
「私は先輩が好きです。将棋で、見たこともない世界に連れていってくれる先輩も好きです。でも、一緒に普通のことをして、普通に楽しめるところが一番好きなんです。だから、ずっと先輩といっしょにいたいんです。私と、付き合ってください」
人生で二度目の告白は、一番力強かった。
「……」
「先輩、女の子は、好きなひとのためにはずるくなれるんですよ。だから、私はこういう風にずるをしました」
「ずる?」
「米山先輩・かな恵ちゃんの手が届かないところで…… 先輩が油断しているところで…… 先輩がほかのひとのものになってしまうかもしれない瀬戸際で…… こういうことしちゃうところですよ」
「……」
「でも、私もやっぱり甘いんですね。罪悪感がのこっちゃいます。答えは先輩の気持ちが決まった時でいいですよ。今、答えちゃダメです」
「どうして?」
「いまだと、たぶん冷静に判断できないですよね? 先輩は優しいから、いま無理やり答えようとするときっと無理しちゃいます。後悔しちゃいます。だから、一度、しっかり考えてくださいね」
「ありがとう」
「どうして、先輩が謝るんですか? 謝るのは私ですよ」
※
「こんな感じです」
俺はかな恵にすべてを白状する。
かな恵はあきれた顔で冷たい言葉を浴びせた。
「ヘタレすぎます、兄さん」
「はい、その通りです」
「本当にヘタレですね、兄さんは~」
そう言ったかな恵の顔は、とても晴れやかだった。




