第三百三十五話 真意と心意
「すごい棋譜だな……」
文人がぽつりとつぶやいた。そのブログでは、昨日の対局の棋譜を文字に起こしてくれていたので、俺たちはありがたくそれをスマホ上の将棋ソフトに読み込ませて検討する。
その棋譜は、本当に泥臭かった。
序盤から不利になって、必死に粘って逆転の目を見つける人間的な将棋。
逆に、豊田さんは最善を目指すコンピュータのように合理的な戦い方だった。ふたりは真逆の棋風の将棋だった。
そして、最初はあまりに人間的な先生の粘りで豊田さんがバランスを崩したような印象を受けた。逆に、二回目の対局の方は、先生の粘りかたにも慣れて豊田さんが負けにくいジワジワした攻めを見せて完勝。先生が「次はもう勝てないだろう」と言っていたのも納得するくらいの修正を加えていた。この修正力…… やはり、アマトップレベル。
”精密機械”
それが豊田さんのもうひとつの異名だ。
コンピュータソフトとの共同研究で、一手の狂いもないくらい精密に研究されつくした序盤で優勢とする。そして、ねじり合いを許さない速度で終盤に突入して、最速で相手の王を詰ませてしまう。相手はどこで悪くなったのかも分からないくらい綺麗に負けてしまうのである。
そして、一度負けた相手に対しては、凄まじいスピードで学習する。
相手の癖。得意戦法。将棋の棋風。受け攻めのリズム。それらを一局の将棋で吸収してしまう。
そして、次からは別人のようになって対応していく。
これが精密機械と呼ばれるゆえんだ。
「それにしても、先生ってこんなに将棋強いんだな。というか、アマチュア名人だったのか」
俺は、棋譜を見ながらつぶやいた……
「「「「えっ!?」」」」
みんなは驚いたようにこちらを見てきた。
「もしかして、センパイ知らなかったんですか?」
「むしろ、みんなはどうして知ってるの?」
「そういえば、あの時、桂太くんは対局中だったかも……」
「「「なるほど」」」
なんか仲間外れにされたような気がするが、あまり気にしないようにした。
そんなことをしているうちに、ドアが開いた。
「みんな、お疲れ様~」
噂の主、高柳先生だった。
「「「「先生、なにしているんですか?」」」」
「あっ、敵情視察したの、もうばれちゃったのか」
俺たちの反応を見て、先生はもう察したようだ。
「先生どうして……」
「ああ、それはね…… 絶対王者を倒すために決まっているだろう?」
「なにか見つけたんですか? 弱点を…… あの、豊田さんの弱点を……」
「……」
先生は意味ありげな笑顔で、笑った……




