第三百三十二話 高柳先生の夜は遅い(番外編)
高柳side
「いまごろ、葵ちゃんと桂太くんはよろしくやっているのかな~」
彼女に桂太くんが拉致される現場をたまたま見た僕はそう言って笑った。あの様子だと、葵ちゃんは彼に詰めろをかけるつもりのようだ。うちの部活のラブコメレースは、本当にカオスだ。文人くん共々、傍観者として楽しく眺めることができる。これだから、教師はやめられない。
同僚に、お前は吸血鬼のような男だと言われたことがある。
どうして?と聞いたら面白い答えが返ってきた。
「生徒の若い活力を吸収して、若返っているからだよ」
思わず笑ってしまった。
たしかに、そうかもしれない。
だが、それだけじゃないんだよな。
全ての答えは将棋にある。
将棋で敵を倒せばその分、自分の実力は上がる。過去の絶対王者は、若手の力を吸収して長期政権を築き上げた。だから、僕も同じように、するだけだ。若手最強の活力を吸収する。今日はそのために、わざわざ都内まででてきた。
豊田政宗。
僕と同じアマチュア六段。
滅多に表舞台に出てこないが、大会が近づくとある都内の道場に出てくる習性がある。
いつもコンピュータソフトと戦っているため、対人戦のギアに切り替えるために練習試合。
いや、大量虐殺と言った方がいいだろう。
道場の常連である有段者たちをなで斬りにする様子から、「西日暮里の虐殺」という凄まじい異名を持ったイベントである。
その日は、元奨励会の有段者やアマチュア県代表クラスがその日、その道場に集結する。
全ては、ひとりの高校生を倒すために……
普段なら、そんなイベントに参加するタイプじゃないんだけど……
今は普通じゃない。いったい、彼がどこまでの次元に達しているのか。僕は顧問として見極めたかった。間違いなく、豊田君は生徒たちの高い壁として、待ち構えてくるはず。もはや、全盛期をすぎている自分の棋力を自覚しながら、老体にムチをうつ。
道場に入ると、すでに豊田君は、対局していた。
相手は、元奨励会三段の霧崎さんだった。
アマタイトル経験もある超強豪だ。
豊田君の雁木、霧崎さんの矢倉勝負だった。
しかし、その内容はワンサイドゲームだった。
雁木の攻撃力を活かして先行し、手番を渡さずに殴り続ける。
まるで江戸時代の武士が、近代兵器のミサイルにボコボコにやられているようなワンサイドゲーム。
霧島さんは力なく投了を告げた。
誰が次の対戦相手になるか。いや、犠牲者か。
生贄を探すように、観客たちがあたりを見回す。意気揚々とここにきた挑戦者たちを尻込みさせるほど、王者の指しまわしは圧巻だった。
だから、僕がいく。
僕は、王者の待つ席へと歩く。そして、彼に首を差し出したのだった……




