第三百二十話 動く山
「よしみんな、打ち上げに焼肉に行くぞ。団体戦・個人戦ダブル優勝記念に、先生の奢りだって!」
そう言って、文人に誘われるまま、打ち上げに行くことになってしまい……
「「「「うぇーい」」」」と将棋部に似合わないまるでパリピのようなかけ声とともに、みんなでカルビを貪った。まだ、未成年だから、お酒を飲むわけにはいかなかったけど、コーラやジンジャーエール、ウーロン茶飲みながら、お互いを褒め合ってテンションをあげていく。
「すげーな。桂太。個人戦優勝だぞっ!ホントに遠くに行きやがって」
文人は、ジンジャーエールで酔ったのか、まるでめんどくさい会社の上司のように絡み焼肉をしてくる。
「桂太先輩、かっこよかったです。今日はドンドン飲んでくさいね」
そう言って、葵ちゃんがドリンクバーから飲み物を持ってきてくれる。
なんかみんな雰囲気に酔っていた。というかこれは、ホントにソフトドリンクだよな?聖職者?
かな恵は、チャンスを見計らって俺の耳元で小さい声で言った。
「ありがとう、ございます」って。
最高の瞬間だった。安い輸入牛が、高級黒毛和牛のように思える。
本当にどうしようもないくらいシスコンになってしまったのかもしれない。
「妹とイチャイチャして鼻の下伸ばしちゃって。シスコンキモイ」
そんなことをしていたら、いつのまにか個人戦準優勝者から白い目で見られていた。
でも、最高の瞬間だった。
「みんな、ありがとう」
※
「じゃあ、みんな。明日から全国大会目指して厳しい練習だからね。今日はゆっくり休んでおくこと。わかった?」
部長が最後にそう挨拶をして、解散となる。
話があると言っていたはずなのに、結局ふたりっきりになれなかった。
部長にそのことを話そうと思ったけど、彼女は足早に立ち去ってしまう。
「兄さん?」
かな恵は、優しく俺に言う。
「帰ろう、よ」
※
「ふぅ~疲れたな。さすがに」
「お疲れ様です」
「かな恵もベスト4おめでとう。自慢の妹だよ」
「本当は決勝で、兄さんのことを嬉野流でボコボコにする予定だったんですけどね」
「手厳しいな、かな恵は……」
「でも、本当にかっこよかったですよ。特に決勝戦は、すごかったです」
「ありがとう」
暗くなった道を俺たちは歩く。
「兄さんは、私にたくさんのことを教えてくれますね。将棋の楽しさも厳しさも、ひとの温かみも」
「どうしたんだよ。改まって」
「こんな機会じゃないとちゃんと言えないじゃないですか」
「たしかにな」
「私は兄さんと家族になれてよかった。私はあなたに会って変わることができた。幸せになることができた。本当に、本当に……私はあなたのことを……」
「かな恵?」
「尊敬しています」
「うん、俺もかな恵の兄貴になれてよかったよ」
びっくりしたああああああ。
告白されるかと思ったああああああ。
内心ドキドキしながら、俺はなんとか冷静を装う。
家に到着する。
俺はわざと思い出したかのような口調でかな恵に告げた。
「悪い、かな恵。興奮して眠れなそうだから、コンビニ行ってくるわ」
「えっ、もう結構遅いですよ?私も一緒に行きましょうか?」
「大丈夫。かな恵も疲れただろうからゆっくりしていてくれよ」
「うん、気をつけてくださいね」
俺は走った。さきほど震えたスマホを見つめながら……
彼女は一言。
「迎えに来て」と告げていた。
※
「私のいくじなし」
玄関でひとりになった私はそう言ってこぶしを握り締めた。
※
「お待たせしました。こんなところにいたんですね」
彼女はさきほど別れた場所の近くの公園のベンチに座っていた。
「遅かったわね。かな恵ちゃんは?」
「家まで一緒に帰って、俺だけ引き返してきたんです。部長もこんな夜遅くに、ひとりで公園なんて危ないですよ」
「そういうことを言ってんじゃないんだけどな」
「家まで送りますから、一緒に帰りましょう?」
「ううん、大丈夫。親に迎えに来てもらうことになっているから。あと5分だけ、話に付き合って……」
「わかりました」
この公園にはおれたち以外もう誰もいない。
女の子をひとりでここに残すことはできない。
「桂太くんをここに呼んだのは、色々と言いたいことがあったから」
「はい」
「気がついているんでしょ?私の気持ち?さっきの決勝戦で思いっきりぶつけたもんね」
「はい」
俺は正直に答えた。あれで気がつかないほうが無理がある。
「なら、よろしい」
「桂太くん、あなたは私の恩人なの」
「恩人ですか?」
「そう」
「でも、俺は部長に将棋を教えてもらってばかりで、なにも返せていませんよ」
「違うわよ、桂太くん。あなたは私を知らない場所まで連れていってくれた。燃え尽きていた私に、また頑張れる燃料を投下してくれた。あなたがいたらから、私はここまで来れた。私だけじゃない。かな恵ちゃんも葵ちゃんも文人くんも……きっと、そう」
「過大評価です」
「そうかもしれない。でも、私はあなたに救われた。それだけ、誰にも否定させない」
「……」
「そして、将棋が強くなれた。おもしろくなった。あなたと会えなかったら、もしかしたら、私は将棋を辞めていたかもしれない。それほど、山田くんたちと戦うことは私にはプレッシャーだった。あなたが近くにいてくれたからこそ、私は何度も挑戦できた」
部長の髪が、風でそよぐ。
春に比べて、彼女の髪は少しずつ長くなってきている。
夏なのにセミの声まで消えてしまう。
この世界に俺たちしかいないような錯覚に陥いる。
憧れの人がついに手が届く場所まで来てくれた。
「簡単に言うね。ちょっと恥ずかしいけど」
「部長?」
「今だけは、名前で呼んで。桂太くん?」
「香、センパイ?」
「ありがとう。やっぱり桂太くんは、賢いね」
「……」
「米山香は、あなたが、桂太くんが好きです。大好きです。私と付き合ってください」




