第三百十九話 それぞれの思い
「優勝おめでとうございます、兄さん」
「ありがとう。今日はかな恵のために戦ったんだよ」
「わかってます。だから、すごくかっこよかったです」
「そう言ってもらえると、妹のためにがんばったかいがあったよ」
「最高のお兄ちゃんでしたよ」
「嬉しいな。シスコン冥利に尽きる」
「まだ、半年もたっていないのに、もう重度のシスコンですか?」
「そりゃあ、こんなにかわいい妹がいたら、重度のシスコンくらい簡単になれるよ」
「なっ」
「だって、そうだろう? かな恵はめちゃくちゃ綺麗だし」
「うっ」
「それに将棋も強いし」
「あ~」
「妹じゃなかったら、惚れてたな。絶対」
「ばーか」
「えっどうして、俺優勝したのに罵倒されているの?」
「私を上げて、落としたからです」
「まったく、身に覚えがない」
「そういうところです、ばーか」
そう言ってかな恵は嬉しそうに笑った。
「兄さん、将棋って楽しいんですね」
「当たり前だろう? 知らなかったのか」
「忘れていたんですよ。兄さんが思い出させてくれたんです」
「そっか」
「本当にありがとうございます、兄さん」
俺たちは表彰式へと向かう。
表彰台の上から見下ろす景色は爽快だった。
「終わったね、桂太くん」
「はい、終わりましたね」
隣り合った俺と部長は小声でおしゃべりする。
「悔しいわ、本当に」
「全国でリベンジしてください」
「後輩の癖に生意気だぞ」
「今日くらいは勝利の喜びにひたらせてくださいよ」
「傷心の女の子にもう少し優しくしなさいよ」
「傷心の女の子は、第三試合のような勝利に貪欲になりません」
「ひどい、私のことは遊びだったのね」
「かんぜんに意味不明です」
「私だって疲れているのよ。ねぇ、桂太くん、表彰式が終わったら少しだけ時間頂戴」
「疲れているんじゃないんですか?」
「揚げ足をとらないでよ。いい?」
「もちろんです。でも、お礼参りだけはやめてくださいね」
「……」
「なぜ、そこで黙るんですかっ!?」
「ある意味、お礼参りかもしれないから、かな?」
「そんなかわいい言い方しても怖いものは怖いですよ」
「なに言ってるのよ。私にそんな誘われかたしたら、普通の男子なら泣いて喜ぶわよ。桂太くん、夜道には気をつけなさい」
「怖さが増長してます」
「狙って言ってるんだから、あたりまえでしょう?」
「まるで、悪魔だよ」
「悪魔はどっちよ。決勝戦第二局の指しまわしは完全に鬼畜だったじゃない」
「言い方っ」
「私は、泣いて許しを請いたのに、あなたは構わずに私を蹂躙した」
「盤上の話ですよねっ!?」
「いえ、気持ちの問題でもあるわ」
「ないです。盤上とリアルを一緒にしないで……」
「気持ちと盤上は関係あるわよ。桂太くんだって、かな恵ちゃんに盤上で思いを伝えていたでしょう?」
「わかってましたか」
「わからないわけがないでしょ。あんな露骨なラブレター。見ているこっちが恥ずかしくなるくらいよ」
「もうやめて。いっそ殺して」
「だから、私の気持ちも伝わっているといいんだけど、な」
「えっ」
「これだから、最低難聴鈍感主人公は。もうそのキャラは、最近では廃れ気味よ。来るの? 来ないの?」
「行かせていただきます」
「よろしい。最初からそう言えばいいのよ」
そう言って彼女は力なく笑った。




