第三百十八話 決勝戦、決着
会場に大きな拍手が巻き起きる。
たった今、決勝戦第三局は終わってしまった。
ついに、優勝者が確定したのだ。
ふたりを応援していた私たちは、真剣勝負が終わったことに安心して大きなため息をついた。
「終わったね」
文人先輩がくたびれたようなしぐさをして、そう言った。
「はい、終わりましたね」
葵ちゃんは、涙ぐんで言葉にならないので、私が代わりに答えた。
ふたりの最終局は、やはり四間飛車vs居飛車だった。
兄さんと部長の絆が一番強くわかる戦い方だ。
お互いに序盤から深い研究があり、主導権を握りあうがためのひりつく心理戦が展開された。
兄さんが王を深く囲い、守備力を強調する一方で、部長は銀冠に構えて上部からの玉頭戦に備える。
穴熊に囲うには、手数がかかるため、部長は自分から攻撃を仕掛けようと積極的に動いていく。
兄さんは、部長の攻め筋を潰すように動き、カウンターを狙っていくが……
結果的に、部長がスタートダッシュに成功する。
兄さんは、穴熊の固さを活かして苦しくも粘り強く対応した。
ふたりの疲労は極限まで達していたので、華麗な手よりも地味で現実的な手の応酬が続く。
もうふたりとも気持ちでしか戦うことができていないようだった。当たり前だ。団体戦も含めて、将棋人生をかけた対局を連続でどれだけ指しているのか。常に最高速度で思考しなければいけない状態で、疲労がたまらないわけがない。
ミスも目立ち始める。
ふたりとも普通ならしないポカをしたことで、ドンドン盤面は複雑化していった。
部長は一気に攻めつぶそうとして、兄さんの陣地に迫る。
そして、兄さんは……
さらに盤面を複雑化させた。
「なっ」
その時、先生は驚愕の声を上げる。
「普通に見たら悪手に見えるけど、とがめるのが難しい一手ですね」
葵ちゃんはそう分析していた。
「うん、たぶん疲労のピークであの悪手をとがめるのは難しいね。桂太くんももしかしてそれが狙いなのかな。辛いね~」
部長はやはりその悪手をとがめることはできなかった。
そして、盤上では、極限状態での読みと読みのぶつかり合いがはじまった。
お互いに寄せを誤り、ドンドン盤上が混とんとしていく。
最後にミスをした方の負けの緊迫した終盤戦。
そして、対局は終わった。
※
「それでは、表彰式に移りたいと思います。入賞者の方は、入口まで来てください」
アナウンスが鳴った。
「かな恵ちゃんも、そろそろ行かないとっ」
葵ちゃんが、私にそううながす。
「うん、じゃあ行ってきます」
※
人気が少なくなった廊下を私は歩く。
足音がよく響くようになった。
ちょっと薄暗い廊下の先に、彼は疲れた顔でベンチに座っていた。
精魂尽き果てて、灰のようになっている。
「にいさん?」
私の呼びかけに、彼は力なくうなづいた。
「お疲れ様です」
「ありがとう、かな恵」
「言いたいことはいっぱいあるんですが、今は時間も余裕もないので、簡単に言いますね」
私は、兄さんにありったけの気持ちをこめて言葉を紡いだ。
「優勝、おめでとうございます。大好きです」




