第三百十四話 制圧力
今回は俺の隠し玉を披露する時がきた。
仮に部長とトーナメントで激突する時用の秘策だった。定跡書もほとんど出版されていない分野のニッチな定跡。それがダブル棒銀。
使用者は、プロでもひとりくらいしかいない。それもそのプロも引退済みというかなりニッチな業種だ。
普通の棒銀と比べても、火力と抑え込み力が段違いで強い。しかし、守りの銀を抑え込み要因で使うということで王の本陣を守る守備力が著しく下がってしまう諸刃の剣。ハイリスクハイリターンな戦法だ。
しかし、リスクをとってでも俺は部長のカウンターを防がなくてはいけない。この戦法は盤の中央付近に厚みを作って、敵の動きを封じ込める高等戦術だ。どこまでうまく使いこなせるかわからないけど、やってみる価値はある。
マイナー戦法なので、部長もほとんど経験がないはずだ。完全に抑え込んで、無理なカウンターをしかけさせて、完封する。
さあ、師匠? どうしますか?
※
すごい抑え込み特化の形ね、桂太くん。
私は抑え込まれた自分の攻撃陣を見て苦々しく次の一手を考えていた。
私の無理攻めを誘っている。そうとしか思えない強固な厚みだった。
桂太くんの将棋は、厚み重視。自分がいちばんうまくできる戦い方を考えたときにたどりついたのがこの形だろう。重厚な本格的な居飛車の将棋だ。
私はもしかしたらつながっていないかもしれないひとつの可能性にかけるしかなくなった。
※
「桂太先輩の陣形、すごい形になっていますね」
「ああ、完全に抑え込みモードだ。あんなにがんじがらめになっていては、部長だって打開は難しいんじゃないかな」
文人先輩と葵ちゃんは、その異形な陣形に圧倒されていた。奇襲好きな私でもびっくりするような指しにくそうな陣形だ。しかし、私には見覚えがあった。
そう、あれはいつものネット将棋。いつも指しているライバルさんが、練習に付き合ってほしいと言われて、四間飛車を指した時、ライバルさんは同じ陣形を使ってきた。
「やっぱり、そうなんだね? 兄さん」
私は、この数カ月で急速に仲良くなったネット将棋仲間を現実世界で見つけてしまったのだ。
私のハンドルネームは「kana kana」。奇襲戦法を得意とするアカウントだ。
やっぱりそうなんだよね。
指して、チャット文から見える兄に似た話し方。そんなわけがないと思いながらも、もしかしたらそうなんじゃないかなと私は思っていた。いや、そうだったらいいなと勝手に考えていただけなのかもしれない。
だって、ネット上の彼は、私が思い描く理想の将棋と熱意を持った、素敵な人だったから……
だからなおのこと、思うんだ。
どうして、私があの盤上にいないのか、と……
部長の代わりにあそこに座っていなくてはいけなかったのは私だった。
私があそこに座らなくては、物語はちゃんとした物語にはならない。
でも、将棋と同じで現実は非情だ。
そんなご都合展開なんて、所詮はフィクションの中のものだ。
将棋に言い訳はできない。敗北はつまり、単なる勉強不足、努力不足だ。
将棋界は本当に残酷な世界だ。努力して当たり前。努力しないのが悪い。結果が出ないのは、努力の方向が間違っているから。間違えた方向の努力は、努力じゃない。
だから、私は鬼になろう。
さっきみたいに、ひねくれたオニじゃなくて、ストイックに一つの方向に向かい続ける兄さんや部長のような鬼にならなくちゃいけない。
いままで逃げてきたものから、逃げるのはやめる。
私は、私であり続けるために、成長していく。
まだ、物語は終わらない。
私と兄さんの物語は終わらない。
部長にも、葵ちゃんにも負けるわけにはいかない。
だから、兄さん……
どうか
どうか
勝ってください。
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