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第三百十二話 光速

挿絵(By みてみん)

「早い」

 俺は思わず声を上げる。部長の攻めが予想以上に早かったのだ。

 俺の陣地にはさきほどまでは馬しかいなかったのに…… いつの間にか金銀が王の周りを取り囲んでしまった。

「まるで、光速の寄せだ」

 飛車切りによって、バランスを崩されてしまった俺の陣地は、部長の連続攻撃を受けて一瞬にして崩壊した。

 俺の王はかろうじて、端で命をつないでいるに過ぎない。一歩でも動けばそく敵駒に捕捉されてしまう状況だ。

 そして、部長に一手でも主導権を渡してしまえば負けが確定する。


 これが将棋でいうところの必死の状態だ。ここからは、部長の玉を即詰みに討ち取らなくちゃいけない。

 俺は意を決して、最後のばくちに打って出る。


 まだ、原形を維持している矢倉に、決死の攻撃をしかけた。

 しかし、部長は矢倉の特性を完全に理解していた。


 そう、矢倉は粘りやすいのだ。俺の無理攻めを、部長は軽々受けていく。

 これが部長の異名の由来でもある。

 受け潰し後の米山建設。相手の攻撃を活かして、逆に自分の陣形を固めてしまう名人芸。その力は粘りやすい矢倉の特性とマッチして最高の、俺にとっては最悪の結果をもたらした、


 なすすべもなく大きな城壁が盤上に誕生していた。その分厚い鉄板は、俺の攻撃を完全に遮断する鉄壁の盾になって俺に絶望を与える。結果は一手負けだ。でも、この一手差は微差ではなく、技術的に大きな差から作り出される一手差だった。


 つまり、完敗だ。


 ペットボトルの水を口に含んだ。その無味無臭のはずの液体は、なぜかほろ苦く感じた。

「負けました」

 俺は自分の得意戦法の矢倉で、決勝の第一戦を落としてしまったのだ。


屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。屈辱だ。


 才能で俺の努力をすべて踏みつぶされてしまったみたいだから……

 情けない自分が嫌だから。

 みんなにカッコ悪いところを見せてしまったから……

 切り替えなくちゃいけない。


 第二戦はもうすぐはじまる。

 ※


「すげえ、さすがは米山香」

「ああ、矢倉の専門家を、にわか仕込みの矢倉で粉砕しちゃったよ」

「怪物だろう、あれ」

「どうして、あんなに指せるのに、いままで隠していたんだよ」


 みんな好き勝手言ってくれる。

 私だってかなりギリギリだった。それに付け焼き刃の矢倉だ。桂太くんみたいに、先手も後手もどちらももてるわけじゃない。私の矢倉は先手番専用だ。後手番の矢倉になると、広い研究が必要になる。相手に合わせて、戦法を変えなくちゃいけないからだ。

 私はそこまで対応できていない。

 だから、ここ一番で使うしかなかった。


 でも、桂太くんや観客たちはそれを知らない。つまり、次の後手番でも矢倉を採用する可能性があると考えなくちゃいけなくなる。私は四間飛車の専門家だから、それしかないと思われていた。でも、なにをしてくるかわからないとなると相手に心理的なプレッシャーを与えることもできる。


 私は将棋を楽しみつつ、桂太くんに勝ちにいこうとしているのだ。

 これでとりあえず革命は起こした。この心理的なプレッシャーは間違いなく桂太くんの思考力を奪えている。

 私は伝家の宝刀を抜くべく、頭を整理した。次の戦型は、四間飛車だ。


 ※


「強い」

 葵ちゃんがぽつりとぼやいた。

「桂太の矢倉を圧殺しちゃった」

「兄さん……」

 私たちは、あの優しい先輩のおそろしい才能に驚愕していた。あれはやはり、次元が違う。

 たぶん、女性だけなら、アマチュア最強は彼女のはずだ。そう思わせるほどの圧巻な勝負術だった。

 すでに、プロの女流棋士にだって、もしかしたら奨励会員にだって、届きえる。


「昨日の決勝で、矢倉を使われていたら、やばかったかもね。下手したら昨日の決勝よりも、香車1枚くらい強くなっている」

 長年のライバルだった山田さんもそうぼやくほど、部長は強くなっていた。昨日の部長も、山田さんとは持将棋模様でほとんど引き分けだった。その時よりも、駒1枚強くなっているということは……


 間違いなく、実力最強は、米山香だということだ。


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用語解説

光速の寄せ

谷川浩司九段の代名詞。

圧倒的な終盤力で、すさまじい速さで敵の王を補足することからこう呼ばれた。

現役2位,歴代でも4位のタイトル獲得数は、伊達じゃない。


とりあえず革命は起こした

塚田泰明九段の名言。

塚田流「角換わり△6五同桂革命」、相がかり「塚田スペシャル」、矢倉「△4五歩反発」など序盤の革新的な戦法を生み出し続けている塚田九段だからこそ言える名言。

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