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第三百十一話 閃光

 俺はカウンターをしかけて、玉頭戦を挑んだ。

 玉頭戦。それは、将棋において最も力勝負になりやすい戦い方だ。


 相手の王の頭で戦端を開いて、両軍の全戦力が入り乱れての大乱闘になる。

 これが発生すると、本当に力勝負になる。盤面がどんどん乱れてきて、わけがわからなくなる。部長が最も得意となる泥沼での大戦争だ。


 部長が俺の得意分野の矢倉で勝負するなら、俺だって部長の得意な戦場で勝負をする。

 主導権は完全に握り返した。

 ここからは、俺の時間だ。

 俺は、部長の矢倉を崩すために、歩をつき捨てた。


 ※


「すごい乱打戦ですね」

「うん、正直、どっちが勝ってるのか分からない」

「こんなガチンコな力勝負を、決勝戦の大舞台でやるなんて…… 兄さんも部長も…… ふたりともどんだけタフなのかしら…… これ昨日から合わせて、何戦目よ…… 本当に……」


 私たちはふたりの将棋に驚愕の声をあげた。

 難解な局面で、ふたりとも深い深い読みの力で最善手を導いていく。


「まるで、達人同士の切り合いだね。お互いに、相手を一撃で沈めようとして、全力で殺しにかかっているよ。さっきから一手バッサリの将棋を続けている」

 先生がポツリとつぶやいた。


「こんな将棋をしていたら、気が気じゃないよ。どんだけ心臓強いんだ? 米山も佐藤君も……」


「「「「えっ」」」」

 聞きなれない声に私たちがふりかえったら、そこには準決勝で兄さんと死闘を演じた山田さんが座っていた。


「やあ、みなさん、こんにちは。昨日はどうも……」

 山田さんはいつものようににこやかな笑顔でたたずんでいる。


「どうして、ここに……」

「丸内くん、いくらさっき俺に負けたからって、露骨に嫌な顔をしないでくれよ。対局が終わったら、みんな友だちだろう?」


「うさんくさい」

 私は思わず、そう言ってしまった。

「いやだな。佐藤さん。いくらなんでも、それは失礼だろう? なんならここで、非公式の3位決定戦をしてもいいんだよ。しばらく、将棋をできないようにしてあげようか?」

「ごめんなさい」

 嫌だ、この人。にこやかな笑顔なのに、目が全然笑っていない。むしろ、臨戦態勢になっていて、殺気すら漂ってきている。


 私は、前回王者の無言の気迫に圧倒された。

 だめだ。このひとには、まだ、勝てない。


 冷静に分析すれば、私がベスト4になれた(あえて言えば、葵ちゃんに勝てた)ことは奇跡に近い。本当の実力でいえば、山田さん・部長・兄さん・葵ちゃんが4強でせめぎ合っている状態だと思う。


 だから、私はなんちゃってベスト4。今はまだ、力を貯めていかなくちゃいけない時期だ。

 この人の悪意ある棋譜に触れたら、たぶん潰されてしまうだろう。

 将棋には人を狂わせる力がある。現に私は昨日、それに潰されかけた。


「いい判断だね。正解だよ」

 彼は私の謝罪に満足した様子で、剣を鞘に納めてくれた。

 なんとか殺意を封印できたようだ。


「なあ、山田くん? あんまり、うちの教え子にあんまりちょっかいをかけないでくれないかな?」

 先生は、山田さんに向けて、彼以上の殺意を向けた。

 いつも柔和な感じの先生とは思えないほどの鬼気迫る表情だった。たぶん、先生の現役時代はこんな感じだったのだと思う。


「ふふふ、高柳さんが稽古をつけてくれるなら、よろこんでちょっかいをかけますよ?」

「稽古なんて生易しいもののわけがあるか?」

「それくらいで、駒が持てなくなるほど、やわなタイプじゃないですよ、僕って?」

「減らず口だな…… まあいい。対局が動くぞ?」

「「「「えっ」」」」


 私たちが、盤上に目を移すと、部長は長考の末に、飛車を切り捨てていた……


 ※


「なっ……」

 俺は部長の驚愕の一手に、思考が完全に乱れていた。

 飛車切りの一手。

 これは将棋において、一種の勝利宣言でもある。


 将棋において最も強い駒は、「飛車」である。その最強の駒を切り捨てると言うことは、自分側が圧倒的に優勢であることを確信しているということ……

 つまり、勝利を確信しなければ、指せない一手だ。


 部長は、さあ取りなさいと言うような顔でうなづいた。

 俺は震える手で飛車を取る。


大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ


 そう自分に必死にいい聞かせる。

 まだ、詰んだわけじゃない。部長にだって、読み抜けがあるはずだ。

 だって、まだ部長の攻め駒は、馬しかない。俺にはまだ攻めることができる手番がある。主導権を握っている今、この瞬間に一撃で部長を倒す。


 それしかない。


 盤面は最終盤を迎えた。

 俺は獲得した飛車で、部長の王を追い回す。

 しかし、部長の閃光のような速さで繰り出された飛車切りのその一手は、俺の盤上をずたずたに切り裂く序章となった。

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