第三百四話 希望vsプライド
ふたりの将棋は盤上において火花を散らして、激突した。内容的には終盤に入っているが、盤の状況は予断を許さない。
最新の将棋ソフトであれば、かな恵優勢だと判断するだろう。かな恵が一方的に攻めているから。
ソフト対ソフトの将棋であれば、かな恵側の必勝状態だ。
しかし、ふたりは正確な終盤力を持つ科学技術の結晶ではない。生身の人間だ。
完璧な終盤なんて不可能なのだ。それが意味するところは、泥沼の殴り合いだった。
かな恵は一方的に攻めているが、部長は受けつつも、カウンターを狙って無数の罠をしかけていく。3手目・7手目・11手目に逆転する変化がある間違えやすい罠をドンドン仕掛けていった。かな恵は時間を使って対処している。しかし、持ち時間は失われていった。
秒読みになった時、部長は反撃のチャンスをうかがっている。持ち時間を使い切らせて、プレッシャーがかかる局面で、難解な局面にもちこんで逆転する。泥沼流とおそれられた部長の最も得意とする戦術スタイルだ。
本当に人間的な勝ち方だ。流行中のソフトのような美しい勝ち方なんて求めていない。勝利至上主義者の現実的な勝ち方。
部長に勝つためには、部長をうわまわる終盤力が必要だった。おそらく、会場内では葵ちゃんクラスしかもちえていないはずだが。かな恵が得意な直線的な切りあいは、部長とは相性が悪い。部長は直線的に勝とうするとする将棋を、曲線的な妖術でほんろうし、逆転してしまうから。
一気に切りあおうとしてはいけない、相手の緩やかなふわりとした手に対して、じわじわと勝つような将棋にしなくちゃいけない。
ガンバレ、かな恵。俺は、おまえと決勝で戦いたい。
その願いとは裏腹に……
運命の時が訪れた。
※
どうする。このままでは、時間が無くなって、部長ペースになってしまう。私は焦っていた。部長は難しい手を連発して、私の持ち時間を奪って、最後に逆転するつもりだろう。
なら、少しでも時間があるうちに、一気に切りあいに持ち込んで勝ちに行った方がいいのでは。それとも、部長の怪しい手をすべて正着の一手で乗り越える苦行を続けるか。難しい選択だった。
勝つにしても負けるにしても後悔はしたくなかった。
私らしく将棋をしたい。じゃあ、私らしい将棋って何? こんなに我慢を続ける将棋だっけ?
違うよね? 兄さん?
よし。
私は一息つくと、覚悟を決めた。リスクをとって、勝負に行くことを決めた。敵の大要塞「美濃囲い」に向けて、私は一気に攻勢をかけた……
桂馬を打つ。
※
かな恵ちゃんは、ついに総攻撃を仕掛けてきた。持ち時間が完全になくなる前に、一気に攻めつぶすつもりだろう。彼女らしい。本当に気持ちのいい攻めだ。ただ、この流れはすべて、計算通り。私はこの時を待っていたのだ。
いや、あえて攻めを待っていたとも言える。
そして、絶好のチャンスは訪れた。私も、敵陣にあった歩を前に進めた。
ここからは、お互いに攻め合う展開になる。
そして、私が勝つ。
私が作ってきた思考のプライドがかな恵ちゃんの読みを上回った瞬間だった。
(▲5一歩成 △5八と ▲4一と △同 金 ▲2四桂 △同 歩 ▲2三銀 △4二玉 ▲4五角 △7二龍 ▲5四歩 △4九と ▲5三金 △3一玉 ▲4九銀 △7一歩 ▲6三金 △同 龍 ▲7一龍 △3二金打 ▲同銀成 △同 玉 ▲5三金 △5一歩 ▲6三金 △4七銀 ▲5三歩成 △4八銀成 ▲同 銀)
たぶん、かな恵ちゃんは、私の5手目の▲2四桂を読むことができなかったのだ。
見逃しがちな桂馬のただ捨て。これが成立することで、かな恵ちゃんの王は、2方向から包囲される。
なんとか包囲網を突破しても最強の戦力である龍を失うのだ。
受け潰し。30手以上先に彼女の敗北は決定した。
抗えるかしら? この非情な運命に?
私はノータイムで応手を繰り返した。
ついに準決勝大詰めです。
更新頻度をおさえさせていただいたおかげで、納得できる棋譜ができましたm(__)m




