第三十話 おとこの意地
おれにだって、「意地がある」。
だから、ここまでやってこれたんだ。
丸内文人、16歳。
この戦いには、「絶対」に負けられない。
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おれが部活に入った時、段位はまだ初段だった。一般的には強い方の腕前だが、部内では一般的な実力だ。同級生にアマチュア三段の桂太がいたから、正直、目立った存在じゃなかった。おれたちは、趣味と部活が一緒だったからすぐに意気投合した。でも、あいつとおれには、大きな壁もあったのだ。
桂太は入部するなり、米山先輩の研究相手に抜擢された。彼女のことは、県内の将棋好きで知らないひとはいないほどの存在だ。その研究相手に、1年ながら選ばれたのだ。口では、あいつのことを称賛したおれだったが、心の中には黒い感情も渦巻いていた。
「嫉妬」だ。
その醜い感情を、自覚しながら、あいつの親友として振る舞わなくてはいけなくなった状況は、とても厳しかった。
あいつは、部活のホープで、次代のエースで、米山先輩の研究相手で……。
おれの欲しいものをすべて持っていた。
県の新人戦で、おれは二回戦敗退、あいつはベスト8だった。
その結果をみたときに、おれは絶望した。そして、はい上がりたくなったのだ。
このまま、あいつに負けたままじゃいられない。
おれは、将棋に没頭した。
※
そして、ここにいるのだ。
市民大会という小さな大会だけど、準々決勝。相手は、シードの萩生さんだった。
新人戦ベスト16の強豪。
相手にとって不足なし。ここで負けたら、また桂太が、米山部長が遠くなる。
絶対に負けたくない。
「よろしくお願いします」
対局がはじまった。
※
萩生さんは、黒縁メガネをかけながら、集中した表情となっている。
萩生さんが先手となった。実力が上のひとに有利な先手をとられた。ついていない。彼は、たしか桂太と同じ居飛車党だ。この日のために、温めておいたとっておきの戦法を繰り出すことを心に決めていた。
いつものように、おれは角を交換する。
「一手損角換わりか」
萩生さんは、小声でそう言った。
そう、いつものおれなら、一手損角換わりだ。でも、今日は違う。
「いえ、違います」
おれは、角交換の後に自陣の飛車を横に動かした。
「角交換四間飛車です」
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用語解説
角交換四間飛車……
部長が使うノーマル四間飛車とは異なり、開幕早々に角交換をしてから四間飛車にする戦法。
「角交換振り飛車」とも言われる。
ノーマル四間飛車の天敵である相手の穴熊を封じる戦法で、振り飛車にもかかわらず飛車と銀を使って、積極的に攻撃が可能である。守備も、美濃囲いに固めることができるので、攻守のバランスもよい。
ただ、2手以上損をしているため、それが後半になると効いてくることも多い。
人物紹介
萩生……
南校のエース。高校三年生。新人戦ベスト16。
正統派な将棋を好む居飛車党で、得意戦法は矢倉と角換わり。
同じ居飛車党の桂太と比較して、攻撃的な棋風である。




