第二百九十九話 かな恵の気持ち
「すごかった」
それが私が兄さんの将棋を見て思いついた最初の感想だった。本当に小並感しかないけど、あの将棋を見てそう思わない人は、たぶん将棋を知らないひとだ。身内びいきだって言われてしまうかもしれないけど、すごいものはすごい。私だってできることなら、あんな将棋がしたい。兄さんとまた、大舞台で戦いたい。
だからこそ、次は勝たなくてはいけないのだ。
県最強の女性を打ち破って、玉座を目指す。すべては、兄さんのために……
私は、じぶんの準決勝があるのにも関わらず、大事な人のもとに走った。
自分の気持ちをしっかりと伝えるために。
大好きな兄さんのもとへと。
私は全速で走る。会場の入り口に彼は立っていた。安心した顔で、ベンチに座りこんでいる。すべてを出し尽くしたんだ。そんな顔をしていた。
「兄さん!!」
私は思わず大きな声をあげてしまった。
「かな恵?」
もう何も考えないで、すなおに気持ちを伝える。
「すごかったです。おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう。なんとか、勝てたよ」
「本当に凄かったです。感動しました」
「まだ、実感ないけどね。かな恵も次の試合がんばってな」
「はい。がんばって、兄さんと戦えるようになります」
「ああ、その意気だ」
「あと……」
ちゃんと言わなくちゃいけない。だって、そうしないと、前には進めないから。
「昨日は、ごめんなさい。なんか、負け続けて気持ちがおさえられなくて、酷いことを言っちゃいました」
「大丈夫だよ。妹の気持ちを受け止めるのが、兄貴の仕事だろう?」
「兄さん……」
「だから、がんばってこいよ。俺の好きなかな恵の将棋を、みせてくれ」
「は、い」
私はまだ勝っていないのに、幸せない気持ちになってしまう。
まだ、泣くのは早い。でも、自分が必要とされた。自分の将棋が大好きなひとに評価されたことが、たまらなく幸せだった。
※
「まったく、兄妹でイチャイチャしないでよね。私だっているんだから」
「まあまあ、部長。今くらいは許してあげましょうよ」
私は、目の前で繰り広げられるイチャイチャをイライラしながら、葵ちゃんと眺めることしかできなかった。まだだ、まだ終わらんよ。
私は、次は絶対に勝つことを決意する。
私だって、桂太くんにああいう風に褒めてもらいたいんだから……




