第二百九十七話 にらみ合いの後の決着
俺たちの王は、眼前でにらみ合いを続けていた。
なにか詰みがありそうな局面だ。
だが、双方、秒読みの状態だ。
背中には変な汗が流れていく。もし、変な一手を指してしまったら、お互いに奈落の底に落ちてしまう。終盤の悪手は、将棋において敗北と同義だ。特に双方の時間が無くなっている現状では、悪手が発生する確率は高くなる。だからこそ、冷静に指さなくてはいけないのだけど、この大舞台のプレッシャーがそれを難しくする。これは、決勝戦というプレミアムチケットをかけた大勝負だ。
手が震える。
たぶん、攻めをつなげるのが正着だ。そうすれば、難しくない詰みが発生しそうだった。だから、攻めなくてはいけない。攻めるならば、お互いの王の間に、何かの駒を置くのが確実だ。
この場合なら、持ち駒になっている歩か金か……
相手の角がそこをにらんでいる。その守りが、相手の王を捕まりそうで捕まらない形にしている。
さらに怖いのは、相手が豊富に持っている守り駒だった。読み間違えた場合は、その駒がカウンターに使われる。それはつまり、俺の敗北となる。さらに、龍が王の後方に迫っていた。こいつが後ろに回り込まれると非常に怖い。だからこそ、攻撃を一度受け止めてから、攻撃に移った方がいいではないか。
そうしれば、安全勝ちができそうな気がする。例えば、金をふたつ並べたりすれば、王の後方は鉄壁になる。それがとても魅力的に感じる。安全勝ち。なんと、甘美な響きだろうか。
さあ、どうするか。悩んだときに、悪手の発生率は格段にあがる。
おそらく、どちらかが正解で、どちらかが大外れなんだろう。
攻めるか、守るか。
攻める場合は、歩で攻めるか。金で攻めるか。
いくつもの手順が頭で浮かんでは消えていった。
頭がパンクしそうになるくらいの情報量と変化手順。すべてを読み切らなくてはいけない。
残っている時間を確認する。
あと17秒だ。
もっと時間が欲しい。
俺はペットボトルの水を口に含んだ。部活のみんなの顔が思い浮かんだ。
そして、その瞬間、
世界は激変した。
思考のスピードは、今まで感じたことがないほどの速さに達している。
連戦で疲れて動くことができなかった脳の部分まで動き始めたような気がした。
今まで見えなかった変化の先が見えはじめる。
「つながり、だから……」
聞こえるはずがないかな恵の声が聞こえた。つながりか。俺にとっては、将棋がみんなとのつながりを一番に表している。
「私は、最高の舞台で、桂太くんと戦いたい」
今度は、部長の声だった。俺もです、師匠。部長もがんばってください。
「私の前では、カッコイイ先輩でいてくださいね」
葵ちゃん。ありがとう。
「ずるいな、桂太は……」
隣の芝生は青く見えるんだよ、文人。
そして、俺はたどり着いたのだった。
全てを終わらせる光につながるルートに……
俺がたどり着いた終焉は、光に満ちていた。
俺は、王と王の間に金を打ちこんだ。
見つけた手順は、九手の即詰みだった。




