第二百九十四話 それぞれの桂太
山田さんの猛攻に対して、俺も一気に攻撃を仕掛けていく。
最後は切りあいになった。お互いの読みと読みのぶつかり合いだ。
どちらがより正確な読みができているか。相手の読みの矛盾点をいかにつくか。そして、相手の意表を突けるかどうか。
お互いのプライドとプライドがぶつかり合う。
山田さんは、背負っているものが大きい。だからこそ、この激しい手順を選んだはずだ。昨日の団体戦で、傷つけられた矜持をなんとか回復するために、正確で深い読み。
これが県の絶対王者に君臨している最強の男の深い読み。
だが、自信をもってそれをかわさなくちゃいけない。俺は、彼を超えていく。超えていかなくてはいけないの。
※
私は、桂太先輩の終盤に目を奪われていた。
私の家で、先輩と指した時よりも深く洗練された読み。私はなんとか終盤の詰みを見つけようとするけれど、あまりに高度な戦いで、検索が追い付かなかった。
「すごい」
正直にそう漏らす。そして、ひとつの嫉妬が生まれた。どうして、私はこんなすごい先輩と大舞台で戦えないのだろう?
そうしたら、私の大好きなひとを、大好きな将棋をもっと深く知ることができるのに。
今度こそは、必ず……
私は桂太先輩と約束した。絶対に勝ってくださいって。
だから、大丈夫。私は、大好きな先輩を信じている。
そして、次の大会までに……
私はもっと強くなることを誓う。そうしなければ、おいていかれる気がした。
※
「ずるいな。桂太は…… ちょっとは、近づけたと思ったのに。また、あんなに強くなっちゃうんだから、さ」
俺は、親友の将棋を見ながら、そう言ってためいきをつく。
昨日の団体戦決勝での勝利。さきほどの、山田さんへの善戦で自信をつけた俺は少しだけ嫉妬心に包まれる。
だが、それ以上にあったのは桂太の棋譜に対する惜しみない賞賛だった。
俺もこんな将棋をしたい。桂太みたいな将棋をしたい。
あいつは俺の目標だった。いままでも、そして、これからも。
俺がここまで来れたのも桂太のおかげだった。
あいつと一緒に入れるのは、もしかしたらあと1年だ。俺は必死にあいつについていこう。
そして、これ以上はなされることなく、あいつとの距離を詰めていきたい。
それが、この次の1年の俺の目標だ。
だからこそ、勝ってくれよ。桂太……




