第二百八十六話 山田
俺は小さいころから将棋が好きだった。
幼稚園の時から、将棋を覚えて、母さんに連れられて、道場に行って将棋を指しまくった。
一躍、県内の同世代では相手がいなくなり、大人たちに混じっての将棋となった。
勝っても負けても将棋は楽しかった。
でも、同世代で競える相手がいなかったのが、すこし寂しい気持ちにもなっていた。
そんな時に出会ったのは、米山だった。
最初の彼女の印象は、生意気だった。
俺がアマチュア三段くらいの実力の時に、初段くらいの米山が「相手してあげるわ」と挑発してきた。俺は得意の相振り飛車で、受け潰して、圧勝した。そうすると、米山は泣き出してしまったのだ。どうやら、同世代にここまで負けてしまったのは、はじめてだったようだ。
それから、彼女とは何度も指すこととなった。
週に1回以上、俺にとってはとても楽しい時間だった。ほとんどが、俺の勝ちだったのもある。
しかし、1年も経つと米山は急成長をはじめた。
俺の受け将棋を真似し始めて、それが彼女には合っていたのだ。俺よりも受け将棋がうまくなっていた。それに対抗するためには、攻めを磨かなくてはいけなくなった。
俺は、次の一手問題をたくさん解くことで、棋風の改造をはかったのだ。
すべては、米山に勝つために。
そして、俺は今の将棋になったのだ。
俺たちは、県で一時代を築いた。俺たち、ふたりがこの世代の中心にいた。
しかし、昨日、それが揺らいだのだ。
新時代の旗手たちの出現によって。
それもそいつらは、米山によって見出されていた。
源さんは、その脅威の終盤力に圧倒された。でも、まだ俺たちの次元には届いていないはずだ。
だから、一番怖かったのは、あの男だ。
佐藤、桂太。
昨日の決勝で見せたあの将棋。そして、ここまでの個人戦の棋譜。
不利と言われながらも、矢倉の4六銀3七戦法を中心にここまで勝ち上がってきた腕力。
米山顔負けの確かな受け。
そして、圧巻の読みの深さ。
これは、あの男にだって届き得る実力と才能だ。米山が執心なのもよくわかる原石。
佐藤くんとは、新人戦でも指したが、成長具合は格別だった。
その信念があり、深く読む将棋に、俺は敵ながら魅了された。
だからこそ、俺は自分のすべてをさらけ出して、佐藤くんと戦わなくてはいけないのだ。
俺はこの将棋が、最後になってしまってもいいと思う。
すべてをここに置いていきたい。
後悔しないためにも、全力を尽くす。
彼に勝って、優勝すれば、俺の将棋はさらに強くなる。
そう確信しながら、盤上は中盤に突入した。




