第二百八十二話 中飛車?
俺は、歩を交換した後に、いつものように駒組を進めていく。
通常ならば、棒銀か腰掛け銀にするのが、相がかりの定跡だが、山田さんは笑いながら、攻撃の姿勢をみせなかった。
そして、なぜか、5筋の歩をいきなり前に進めたのだ。
こんな指し方は、俺は知らなかった。
山田さんは、やはり冷たい微笑を浮かべている。
間違えたわけでもなく、しっかりと考えを持って指したということだ。
つまり、この指しかたにはなにか意味がある。
5筋の位は、天王山。
かつては、こういわれていた。
盤の中央を制圧してしまうと、相手の角などの駒の動きを制限することができてしまうこと。最終盤で相手玉の逃走経路を遮断しやすいこと。持久戦において、自分から仕掛けの権利を持ちやすいこと。いろんな条件が重なって、この場所は最重要拠点だと考えられていた。
しかし、現代将棋はスピード勝負になりやすく、なかなか悠長にこの拠点を確保して、守り抜くということはなくなっていった。
そう、現代将棋では……
だが、山田さんの将棋は異質だ。
彼が使う定跡は、超古典。さらに、ツノ銀中飛車など、中央に厚い将棋を得意としている。
だから、あの天王山をむざむざ渡してしまうのは、とても怖い。
俺も、そうはいくかと真中の歩をひとつ動かした。これで拠点確保は、かなり難しくなったはずだ。
そう、簡単に相手の土俵に上がるわけにはいかない。
ここの攻防が焦点になると持久戦になりやすいが、それはむしろ好都合だ。
俺の受け将棋は、持久戦において価値を見い出しやすい。味方陣地に厚みを作って、いつの間にか勝ってしまうのは俺の得意技だ。
さあ、どうする。
絶対王者は、その時、にやりと笑った。
「すべて、計画通りだよ。佐藤くん? キミは僕の術中にはまったんだ」
女性のようにきれいな、山田さんの指は、美しい所作で飛車に手をかけてそれを横移動させた。
「中飛車……、なのか? こんな定跡は見たことがない」
「だろうね。僕のオリジナル、さ」
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ミニコラム
相がかり中飛車?
実は、今回の定跡には元ネタがあります。
戦前の一時期に流行していた相がかりの5筋位取り定跡です。
木村義雄名人など、当時の第一人者たちが得意していた戦法で、並べると面白いです。
そして、力戦形になった後に、今回のように中飛車にすることもあったので、それを私なりにアレンジしたものが山田さんが使っている戦い方です。続きの定跡は、次回のお楽しみということで!




