第二百八十一話 古典
相がかり。
江戸時代から延々と伝わる定跡。そして、数百年経過した現在でも新しい金脈が見つかり続けている脅威の戦法である。そして、こんなに長い間、使われ続けているのに、定跡の未整備か所が多いという驚きの戦法である。
さらに最新のコンピューターソフトですら、定跡の整備ができていない現状だ。
その理由は、枝分かれが無数にあることだ。
序盤から手が広すぎるのだ。だから、人間レベルでは、力勝負となりやすい。
プロの力戦党が、好む戦法でもある。もし、このまま将棋ソフトが既存の戦法を解析し続けた場合、唯一生き残るのは「相がかり」ではないかという予測すらある。
この戦法は、昔から大名人や達人たちに愛されていた。将棋の歴史に残る名勝負に、数多く登場してきた戦法のひとつだ。
なぜ、彼らに愛されるかと言うと、その戦法の特徴が影響している。手が広すぎるため、読みの力があるものが、勝ちやすいからだ。
未整備の荒野をかけまわるこの戦法は、本当に読みと才能がダイレクトに勝敗につながるのだ。
そして、俺たちはこの力と力のぶつかり合いを選択したのだ。お互いに俺のほうがお前よりも強いと主張しているようなものだ。俺は、いつからこんなに大胆不敵になったんだろうか。
たぶん、部長とかな恵の影響だと思う。あのふたりの将棋は本当に……
でも、彼女たちのおかげで、俺はひとつ強くなれた。もう相手がだれであっても気持ちで負けることはないと思う。
俺たちは、飛車先の歩を交換する。お互いにそれをするというのは、結構古めの定跡だ。
やはり、山田さんは、これも準備してきたか。
だが、これはほかの定跡よりも力勝負になりやすい。
もしかしたら、チャンスがあるかもしれない。たぶん、これ以外で彼を潰すのは至難の業だ。
だから、俺はこれを選択したんだ。
無から宇宙すら作れてしまう、この戦法を……
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ミニコラム
「プロ将棋と相がかりについて」
本文でも書きましたが、相がかりは、定跡が未整備になりやすくて、力勝負になりやすいです。
だから、プロの相がかりは面白い。
形が決まっていないので、本当に驚くほど、その人の棋風や性格が出やすいですね。
新しい構想も生まれやすく、トッププロのそれは本当に凄いです。
「名人に定跡なし」という言葉もありますが、この戦法を使った名人の将棋におもしろいものが多いのも事実です。私も、棋譜収集で戦前の名勝負を集めているのですが、この戦法である率が高い。
相がかりを得意としているプロは、やっぱり独特の才能をもった人も多いです。
異能感覚とでもいうべきでしょうか。
トップレベルでおこなわれる力勝負。とても魅力的だと思いませんか?




