第二百七十二話 前例②
これが私が対葵ちゃん用に考えていた作戦だった。
嬉野流は中央が弱点。そして、葵ちゃんは中飛車の使い手。すべてが不利になっている。だからこそ、私はこの戦法の成功を確信していた。
だって、葵ちゃんはこの戦法を避けるわけがないから……
私は自分の将棋をして、最善の手を使って勝ちに行く。その可能性は低くても0ではないのだから……
最善を尽くした先に、あるのは光だと信じて……
今回の奇策は、葵ちゃんの得意戦法「中飛車」潰しのためだ。
普通の嬉野流なら、中飛車に弱い。
しかし、中飛車の天敵である「相振り飛車」とそれを組み合わせた時……
起きる化学変化は、凄まじいものだった。
はじまりはとあるインタビュー記事だった。
そこでは、この戦法の創始者さんがインタビューに答えていた。
嬉野流と相振り飛車を組み合わせれば、とてもおもしろいと言っていた。
しかし、具体的な変化などは書かれていなかった。
だから、私はひとりで研究を始めた。それは雲をつかむような途方もない作業だった。
変化のメモを取りながら、悪戦苦闘する。
将棋の変化はどんどん枝分かれする。その天文学的な変化の一部をさらうだけでも時間は足りないのだ。
それでも、私はやり続けた。団体戦では試すことができなかったけど……
そして、ついに最高の相手に、試すことができた。
この先には兄さんが待っていてくれる。
そう信じて、私はこのくらやみに包まれた海を渡るのだ。
相手が最強の天才だって関係ない。
私の恋路を邪魔する者ならば、誰でも倒すだけだ。
才能がないなら努力でカバーするだけ。それでも足りなかったら、その日は泣いてまた挑戦する。私は諦めが悪い女だ。でも、それが私なのだからしかたがない。
私たちはついに盤上で激突した。




