第二百六十五話 新世代の旗手
私は、いつものように初手を指す。
これ以外の初手は、もう何年も指していない。だって、この戦法と心中するするつもりなのだから。
私は四間飛車しか指さない。これが私のプライドであり、譲れないものなのだ。私の念願には、これを使ってでしかたどり着けない。何千・何万もの対局から作られた経験が、私を導いてくれる。きっと、彼も来てくれるはずだ。トーナメント表の頂上へと。
さあ、あなたはどうするの?
自称、「新世代の旗手」さん?
相振り飛車になると覚悟していた私を、山瀬さんは意表をついて次の一手を示した。
飛車先の歩をポンとつく。
これは、居飛車だ……
彼女は初手から、得意の振り飛車を封印すると宣言した。私が四間飛車で、彼女が居飛車。
対抗形と呼ばれる形になった。
でも、これは私が最も得意とする戦いになる。つまり、彼女は私を得意戦法を使わせた上で撃破してやるという挑発とも取れる行動だ。
なめている。
しかし、こういう挑発には乗らない方が良い。将棋はたいてい、冷静さを失った方が負ける。
もしかすると、彼女はそれを狙っているのかもしれない。だが、挑発に乗るわけにはいかない。
私はその一手を見ても、平常心で角道を止めて、美濃囲いを作りだす。これで私の四間飛車は完成する。
「やっぱり、安定の四間飛車ですね。相手がどんなに対策してきても、あなたはその腕力と経験で、挑戦者たちを次つぎと屠ってきた。少なくともこの三年間で、あなたの四間飛車を破った存在はふたりしかいない」
「……」
「だから、私が三人目になる。そして、新時代の幕開けを高らかに宣言します。そして、その象徴となる戦法にこれほどふさわしいものはないでしょう?」
山瀬さんは、銀と金を交差させるように守りを作っていく。
これは……
コンピュータ将棋ソフトによって、新しく考案された守りかた。
通常、対抗形に使われる「船囲い」よりも固く、そしてバランスが取れた囲い。
「エルモ囲いですよ」
将棋界に新時代の到来を告げた黒船が、盤上に出現した。




