第二百六十二話 憎しみに打ち勝つ②
私は兄さんの将棋を見ていた。
兄さんは本当に楽しそうに将棋をしている。
そんなに簡単な盤面じゃないのに。
複雑に入り組んだその盤面を兄さんは楽しんでいた。
もう持ち時間もほとんどないのに、どこまで読めているのだろうか。ほとんど、悪手や疑問手を自分では見つけることができなかった。
橋田さんは、鬼の形相で兄さんに食らいついている。
もう、どっちが格上なのか分からない状態だった。
もうひとつの準々決勝は山田さんが圧勝し、終わっていたので、観客たちは兄さんの対局を見つめている。そして、みんなが見とれていた。兄さんの圧倒的な読みに……
将棋を知っている人なら、この対局に見とれないひとはいないんじゃないだろうか。
歩を置く位置は、10手後には拠点となって、寄せに効果を発揮していた。
何気なく動いたように見えた桂馬は、相手玉の逃走経路を完璧に遮断していた。
そして、タダのように捨てられているように見えた銀は……
取ったら、即詰み。
たぶん、葵ちゃんクラスじゃいないと気がつかない罠だ。
私も一切わからなかった。橋田さんも、それに気がつかないで、時間に追われて取ってしまった。
そして、流れるような13手詰の即詰み。
対局者も観戦者もすべてをおきざりにする手順だった。
その圧倒的な深さを持った読みを披露した兄さんは微笑んでいた。
あの冷たくて鋭利な手順を見せた後の顔だと思えないほど……
兄さんは将棋を楽しんでいた。
私はその様子を見て嫉妬するほど、うらやましかった。
橋田さんは、投了を宣言する。
私を含めてみんなは、その様子を呆然と見ていた。




