第二百五十九話 死闘
俺が、先手となった。
角道を止めて、矢倉へと誘導する。これに対して、橋田さんはちょっと気難しそうな顔になった。もう、矢倉か雁木しか選べない状況になったからだ。
彼の得意戦法は、角換わりか横歩取り。
しかし、この出だしでは、どちらも選択できない。だから、橋田さんは苦々しい顔になりながら、矢倉の戦法を採用していく。
今回はさきほどの対局とは違って、古風な定跡になりそうだった。
1980年代に流行した形だ。
当時はまさに、矢倉戦法の全盛期。プロの大事な試合は、ほとんどが矢倉だった時代だ。将棋の純文学の全盛期の定跡を俺たちはなぞっていく。橋田さんも、どちらかというと古風な定跡を好む人だ。俺も今回の大会のために、部長から「矢倉名局集」を借りて過去の定跡を総復習した。
あの本には、1980年代の定跡もたくさん詰まっていたのだ。古い定跡は、なにか問題があって、消えていくことが多い。ただ、古い定跡の具体的にどこが問題なのかは、アマチュアレベルでは詳細に伝わっていないことも多いのだ。それに、この年代の将棋は、俺たちはリアルタイムで知らない。だから、今回の大会ではあえて古い定跡を使っている。
「ずいぶん、古風な組み方をしているな」
「橋田さんこそ、この古い定跡を咎めなくていいんですか?」
「減らず口だな」
「実は、咎め方を知らないんじゃないんですか?」
「いいんだよ。俺は、ドヤ顔で固めた矢倉を潰すのがすきなんだからな」
橋田さんは、口が悪いが、その反面、態度に出やすい。この様子をみて、俺は自分の仮説が正しいことを確信した。
橋田さんにもこの戦術は通用する。だから、大丈夫。
この安心感が俺の思考をトップスピードまでかけ上げる。
俺が目指すのは完全なる勝利。ただひとつ。




