第二百五十八話 プライドと矜持
「来たか。佐藤桂太」
「今日はよろしくお願いします。橋田さん」
「いや、間違っているぞ。今日も、だ。昨日はとてもお世話になったからな」
「はい、今日もよろしくお願いします」
俺は、橋田さんの挑発を流した。そうしなければ、彼のペースにもっていかれてしまうからだ。
「ふん、昨日の丸内といい、おもしろくないやつらだ」
「褒め言葉だと受け取っておきますよ」
「なかなか、言うな、佐藤桂太」
「今日は負けるわけにはいかないんです。自分のためにも。妹のためにも」
「何を言っているのかよくわからんよ。だが、それは俺も同じだ。俺も負けるわけにはいかない。昨日、俺の敗戦が、みんなの誇りを傷つけてしまったんだ。だから、キミにはここで消えてもらう。俺と全力のプライドをもって、この対局をさせてもらうよ」
橋田さんはさきほどのガラの悪い感じから、急に真面目な口調になった。
やはり、昨日の敗戦は大きな衝撃となったんだろう。
いつにないほど、やる気に満ちている。
橋田さんは、基本的に居飛車党だ。
俺とは違って、横歩取りや角換わりなどの激しい将棋を得意としている。
だが、相居飛車は「対話」とよばれるほどの複雑な将棋だ。二人の合意がなければ戦型は決まらない。
だから、俺は「矢倉」を打診しようと思っている。
矢倉を打診されると、居飛車党は駒の動き的な問題でどちらかが矢倉を目指したとき、避けることは難しくなる。
だから、橋田さんも避けることはできないのだ。
王者への挑戦権獲得は、「矢倉」で決めたい。
俺は自分の誇りである戦法にすべてをかけた。
次回は明日の21時頃です。




