第二百五十七話 兄妹
「かな恵……」
「兄、さん」
私たちは、数時間ぶりの再会を果たした。ほんの数時間ぶりだったのに、もう何年も会えていなかったように思えた。とても懐かしい顔だ。まだ、知り合ってから2ヶ月くらいしか経っていないのに、生まれてからずっと兄妹だったように錯覚するほど、私にとっては安心する存在だ。
だめだ。このままだと戻されてしまう。
お父さんが求めた強さとは、真逆の楽しい将棋に戻ってしまう。
兄さんのせいだ。
私の将棋は兄さんに出会ってから、変わってしまった。
将棋が苦しいものから、楽しいものへと変わってしまった。
そして、私は弱くなった。
だから、昨日は惨敗したのだ。みんなの優しさに甘えてしまった。
こんな調子じゃ次の大会でもみんなに迷惑をかける。
だから、戻らなくちゃいけない。
今までの私に……
「かな恵、ごめん。大事な試合の前に」
「兄さんだってそうでしょう?」
「一言だけ言いたいことがあるんだ」
これは死刑宣告かもしれない。私は直感的にそう思った。
「なんですか」
こんなめんどくさい女、嫌われて当然だ。
覚悟していたことじゃない。
なのに、私はどうしてこんなに悲しい気分になるのよ。
「見ていて欲しいんだ」
「えっ?」
「見ていて欲しいんだ、俺の将棋を…… 今日は、お前のために、かな恵のために勝つって決めているんだ」
「なに、言ってるんですか?」
「気持ちわるいこと言っているのは、自覚ある。でも、見ていて欲しいんだ。うまく言葉にできないことも、盤上なら言うことができる。だから、俺の将棋を見ていて欲しいんだ。あと、俺は誰よりも決勝でかな恵と戦いたい。プレッシャーになってしまうかもしれないけど、俺はかな恵に葵ちゃんも部長も倒してほしいって、思ってるからな」
「……」
「じゃあ、行ってくる。決勝で会おうぜ」
「兄さんっ」
私は思わず兄を呼び止めてしまった。
「一つだけ聞かせて」
廊下は、しんと静まりかえっている。
「私は兄さんのなんなんですか?」
「決まってるだろう? 大事で、特別で、世界で一人だけの大好きな妹だよ」
兄さんは、そう言って戦場へと向かった。
私はひとりになって言う。
「気持ち悪いわけないじゃないですか。私も、大好き、です」
兄さんの姿はもう見えなかった。




