第二百五十六話 それぞれの昼休み②
私は、みんなとは合流しないで昼休みを一人で過ごした。
葵ちゃんとは、次にぶつかる。そんな状況でお昼を一緒に食べられるほど、私は神経が太くない。
ひとりでおにぎりを口に流し込んだ。さっき、コンビニで買っておいた鮭のおにぎり。味はよくわからなかった。緊張のせいだろうか。
砂を噛んでいるような感覚になったので、お茶で流し込んだ。我ながら酷い状況だ。ここまで将棋で追い詰められているのははじめてだった。たぶん、原因は次の対戦相手だ。
私はあの天才に勝てるのだろうか。
もしここで負けてしまったら、すべてを失ってしまうのではないか。
今まで頑張って将棋にかけた時間。兄さんを思う気持ち。お父さんとの思い出。みんなからの信用。プライド……
これを失ってしまったら、私には何が残るのだろうか。
お父さんは、「将棋は勝つことが大事だ」といつも言っていた。それが私の頭で何度もリピートする。
そして、葵ちゃんの将棋の棋譜が頭の中を覆っていく。圧倒的な終盤力で、強豪たちを蹂躙していく昨日の様子。味方ながら恐怖しか感じなかった。
怖い。
怖い、怖い。
怖い、怖い、怖い。
負けるのが怖い。将棋をするのが怖い。自分と向き合うのが怖い。
そんな臆病な自分が、いちばん情けない。
こんな状況だったら、兄さんが私の好意にきがつかないのも納得だ。私は全部から逃げているのだ。
私の対局は、兄さんたちの対局が終わった後だ。
まだ時間がある。
なんとか気分を落ち着けなくてはいけない。
だから、会いたかった。
私の大好きなひとに……
矛盾だとわかっている。情緒不安定すぎる。
だからこそ、兄さんと話したかった。
大好き、だから。
「かな恵?」
兄さんの声が聞こえた。幻聴かもしれない。それでも私は振り返る。
彼がいてくれることを信じて……




