第二百五十四話 対決
「負けました」
中曽根さんは、投了した。
雁木の唯一の欠点、守備の薄さをつかれたカウンターで俺は逆転した。
矢倉は、雁木のバランスの良さよりもひとつだけ利点があった。それは、守備力が固いので、粘りが効きやすいこと。俺はその一点に集中することで活路を見い出した。
盤を泥沼化させることで、俺は一手だけ余裕を獲得した。そして、その一手の得で、中曽根さんを投了まで追いこむことができる手順を見つけたのである。
一手差のギリギリの勝負。俺は、その限界ギリギリの戦いで、すべてをひっくり返した。
これが県最強の受け将棋直伝の泥沼将棋だ。
「佐藤さん、すごかったです」
中曽根さんは、弱った声で俺を褒めてくれた。
「ありがとう」
「あの一手で、すべてが変わりましたね。おそろしい大局観です」
「うん、部のみんなのおかげだよ」
「優勝めざしてがんばってください。私のためにも、私たちのためにも……」
「ありがとう、がんばるよ」
彼女はそれを聞いて、うなづいた。とても良い笑顔になっていた。
俺は対局場を離れると、他の部員の結果を確認する。
部長・俺・かな恵・葵ちゃんは無事に準々決勝まで進出した。
俺は、千城高校のナンバーツー橋田さんと激突する。
部長は、同じく千城高校のホープ山瀬さん。
そして、かな恵と葵ちゃんは……
勝った方が準決勝進出することとなった。
準々決勝からは、午後の部となる。
俺は、昼食を済ませるために控え席に戻る。
ここからは、今まで以上に厳しい戦いになることは確実だ。次戦は第四シードとの激突になるし、そこで勝てれば次は…… 県最強の男が俺を待っている。半年ぶりのリベンジの機会になる。
昨日とは違ってピリピリした緊張感が広がっていく。




