第二十五話 決戦へ
家に帰ってきた。今日は尚子さんが料理を作ってくれるそうなので、夕食の準備はなしだ。
大会も近いので将棋の勉強をしようとおれは部屋に向かった。
「あっ、桂太さん」
部屋の前でかな恵さんとはちあわせした。
「どうしたんですか? そんなに急いで」
「実は、きゅうに今週の土曜日に将棋の大会に参加しなくちゃいけなくなったんで、一夜漬けで勉強しなくちゃいけなくて……」
「えっ、将棋大会? それって市の大会ですか?」
「そうそう、よく知ってるね」
「は、はい、実は、今朝ポスターを見たので」
「そう? 全然気がつかなかったよ。じゃあ、おれ夕食まで勉強するからさ」
「はい、がんばってくださいね」
「うん」
※
「なるほど、そういうことですか」
※
とりあえず、部長との練習まではまだ時間があるので、おれは詰将棋を解き始める。
焦らないように、簡単な3手詰から7手詰までの詰将棋を一気に解いていく。解いたことがある問題だらけなので、100問くらいあっという間に終わった。
おれの場合は、大会前に新しい知識を詰めこまないようにしていた。そのほうが精神的に楽だからだ。
だが、今回は優勝を義務付けられている。だから、いつもの大会前は避けている部長との実戦練習もおこなうことにした。
焦って数をこなすようなことはしないで、ひとつの密度を高める。集中力は、少しずつ増していく。
夕食の呼びかけにも気がつかないほど、おれは集中していた……。
だから、気がつかなかったのだ。隣の部屋になにが起きていたかなんて……。
※
そして、大会当日の土曜日。おれたちは、模試前の部長と落ちあい訓示をもらっていた。
「では、諸君、戦争だ。いよいよ戦争だ」
どこの将校さんかな?
「文人くんっ」
「は、はい」
「君は準々決勝で、荻生さんにあたるわ。格上ではあるけど、勝てない相手じゃない。どーんとぶつかりなさい」
「ありがとうございます」
「葵ちゃん!」
「は、はい」
「はじめての大会で緊張するかもしれないけど、怖いのは最初のうちだけよ。慣れれば気持ちよく、げふん、楽しくなってくるからリラックスよ。大丈夫、棒銀はほとんどマスターできてるんだから、あなたの才能ならいいところまでいけるわ」
あいかわらず、ひどいネタだ。源さんは、初心者の部に参加することになっている。彼女は、ほとんど棒銀をマスターしていた。もしかすると、もしかするかもしれない。
「そして、桂太くん」
「はい」
「がんばってね」
おれのだけは以上に短いが、おれと先輩の仲だ。そこに、すべてが含まれていた。
「じゃあ、みんな、いってらっしゃい」




