第二百四十五話 頂点vs底辺
俺は、ついにここまできた。
将棋を始めてから、同世代の頂点に君臨していた憧れのひとと対局できるのだ。
目の前には、頂点が俺を待っていた。盤を挟んで、俺と彼は対峙するのだ。
まったく才能がなかった俺が、才能の塊とぶつかるチャンスがついに訪れた。
この状況は、まさに頂点vs底辺
しかし、もう何も怖くはなかった。だって、俺には失うものなんてなにひとつないのだから。
反対に彼にはたくさんある。今まで作った名声。3連覇の夢。強豪校のトップとしてのプライド。
もしかしたら、今日はそれをすべて失うかもしれないのだ。だから、重圧はたしかにあるはずだ。
「よろしくお願いします」
俺は、山田さんに挨拶をする。
「丸内 文人くんだね? 昨日は、うちの橋田がお世話になった。なにを驚いた顔をしているんだよ。そりゃあ、フルネーム位おぼえるよ。だって、うちの将棋部に傷をつけてくれた男の名前じゃないか。だから、今日は本気で潰させてもらうよ」
山田さんは、にこやかな笑顔で、俺にけんかを売る。その目は、完全にキレていた。
こんな彼を見るのは、はじめてだった。
だからこそ、俺にはわずかではあるけど、勝算はあった。
かつての大名人は言う。
「怒りなどの強い気持ちは、将棋を狂わせる」と。
山田さんは、振り飛車党よりのオールラウンダーだ。
だが、居飛車の戦法の角換わりもとてもうまい。
だから、俺はその戦法に誘導するつもりだ。
角換わりは、比較的に薄い守備力のまま、お互いに攻め合う「居合切り」のような戦いだ。
だから、一手のミスがそのまま致命傷になりやすい。
そして、怒りに震える山田さんが、感覚を狂わせてくれれば……
奇跡はおこるかもしれない。
俺は自分の得意戦法にすべての命運をかけた。
これで負けても、
本望
ひとつの、男子の本懐だ。




