第二百四十二話 崩壊
俺の端攻めは、的確に幸田さんの陣形を粉砕した。
端攻めによって、王の逃げ場所を遮断したら、飛車を横に大転回し、敵陣の右辺を圧倒する。
端と中央に駒が集中していた幸田さんの陣地には、わずかな空間が発生していたのだった。これが俺が考えていた作戦だった。
端の守備を疎かにしたら、そこから攻める。そして、必死に守る幸田さんの軍勢を左翼に集中させて、すき間ができた右翼を一蹴する。こうすることで、端からの逃走経路を遮断したまま、敵の陣地の半分を制圧できるのだ。
まさに作戦勝ちであり、この局面が登場してしまうと圧倒的な大差が終盤に入る前に誕生してしまったことを意味する。
幸田さんは、すべてを悟って、目を閉じた。
たしかに、まだ粘れる状況だが、たぶん幸田さんの美学はそれを許さない。
今日初めて会った人だけど、俺はこの人を10年来の友人のように理解できていた。
将棋の棋譜は、時間をも超越する。
棋譜が残っていさえすれば、手に入りさえすれば、俺たちは過去の人とも分かり合える。
「ありがとう、佐藤くん。高校最後の公式戦は、忘れられない思い出になったよ」
幸田さんは、無言でそう言っていた。
棋譜が、すべてを語ってくれる。
だから、俺は将棋が好きなんだ。
その人の本質が、盤上では隠すことができない棋譜という形で具現化する。それが真剣勝負であればあるほど、人の本質は浮かび上がるのだ。だから、かな恵とも部長とも葵ちゃんとも文人とも、この個人戦ではぶつかりたかった。
そうすれば、言葉を超越した何かをみんなと共有できるのだから。
「こちらこそ、ありがとうございました」
俺は、幸田さんにとどめを刺す。
彼は満足したようにこう言ったのだ。
「負けました」、と




