第二百三十八話 理想と現実②
「なるほどね、こちらに選択権を委ねてきたんだね。本当におもしろい人だね、キミは」
俺は、佐藤君にそう話しかけた。彼は、こくんとうなづいて、また自分の世界に入ってしまう。
まるで、爺さんみたいな男だな、キミは。
俺の爺さんも、将棋を指す時はこんな感じだった。
真剣師として、名をはせたと自称しているあのひとは、俺がアマ三段になった今でも、ほとんど勝てたことがない。
爺さんの棋風は、簡単に言えば「負けない将棋」だ。
少しくらい不利になっても、粘り強い守備力で、すぐに逆転してしまう。
それも、どんな時でも「三間飛車」を採用してくる我の強さ。
佐藤君からも同じ匂いを感じるのだ。
あの顔つきは、自分の将棋へのこだわりと自信、そして、負けず嫌い。
すべてが爺さんと酷似している。
特に、対策が確立されている「4六銀3七桂」戦法をつかってくるのだ。下手したら、挑発だと思われてしまうかもしれない。普通の人ならば、この大舞台で指せない手順。
彼の顔を見る。
それは、挑発なんて一切考えないで、自分の中の将棋を見ていた。
驚くほど、まっすぐに……
これは大物だ。
気がつきにくい才能をもっている男だと思う。小さいころから、山田や米山などの大物の将棋も見てきたが、彼はその大物たちとの才能ともまた異質。昨日、団体戦を騒がせた女の子、「源葵」もすごい才能だったが、佐藤くんは器が違う。
そう思える対局姿勢だった。
相手の手順にのるべきか、のらざるべきか? これが団体戦なら、間違いなくのらないんだけど……
どうしても、勝負師としての血が騒いでしまう。
間違いなくおもしろい手順が前にある。そこに触手が伸びてしまう。
これが高校生活、最後の大会になる。
後悔はしたくない。
俺は次の一手を進めた。
次回は明日の21時頃です。




