第二百三十四話 対立
おれは、対局前に集中するために廊下で、目を閉じていた。
そこで、かな恵と偶然遭遇した。
「兄、さん」
「ああ、かな恵か、一回戦お疲れ様。あと、おめでとう」
「ありがとうございます」
かな恵は、とても辛そうな顔をしていた。
「かな恵?」
「はい」
逃げるように立ち去ろうとしているかな恵を呼び止める。
「そんなに、辛そうに将棋をするなよ」
おれは、思わずそう言ってしまう。
「兄さんになにがわかるっていうんですか?」
かな恵は、兄妹になってからはじめて真剣にキレていた。
「なにもわからない」
「なら、どうしてそんな勝手なことを言うんですか? なにも分からないくせにっ」
「おまえの兄貴だから、だよ」
「そんな、2カ月前に、ポッとでで、兄妹になったひとに、私の何がわかるのよ」
「なにもわからないよ。お前がどんなに辛い気持ちで将棋をしているとか…… 昔、どんなことがあったのか。そんなことはわからない」
「無責任なこといわないでください」
「無責任なわけないだろっ」
おれもつられて、声を荒げてしまう。
「いいか、かな恵。お前は、大事な部活のチームメイトで、大事な家族だ。そんな、人が身近で苦しんでいるのを、見逃せるわけないだろう。それも、かな恵を苦しめているのは、俺が大好きな将棋なんだし」
「じゃあ、兄さんが助けてくださいよ。そんなことを言うなら、兄さんが私を助けてください」
「やっと、本音を言ってくれたな」
「えっ?」
「その言葉を待ってたよ。家族になって、初めて聞いたお前のわがままだ。兄貴として、全力で答えてやる」
「……」
「今日の俺の将棋をずっと見ていてくれ。この大会は、俺はお前のために戦う」
「何を、言ってるん、ですか?」
「言いたいことはそれだけだ。決勝で会おうぜ」
俺は、かな恵にそう言うと振り返らずに前に進んだ。
今日の俺が狙うのは、このトーナメントの梯子の頂点。
優勝だけだ。
俺は、今日、かな恵のために勝つ。




