第二百二十三話 なぶり殺し
部長は、試合前の準備をしてくると言い残し、どこかへ消えてしまった。
俺は、みんなの対局を見ていた。
部長は、俺を優勝候補だと言ってくれていたが、そんな自覚はなかった。でも、この大会では優勝しなくてはいけないのだ。
1回戦は進行している。
葵ちゃんは、いつも通り中飛車で、バンバン攻めていく。相手は二年生の女の子だった。序盤から葵ちゃんに主導権を握られた相手は受け間違えてしまい、一気に劣勢になった。ひたすら凌いでいるが、葵ちゃんの終盤力のまえには、砂上の楼閣。もはや、挽回もできないほどの大差が開いていた。それも相手は、あの葵ちゃんだ。大優勢にもかかわらず、きっちりと勝ちに行くために踏み込んだ。守りに回って、安全勝ちもできるほどの大差なのに、それをしないで、最後は踏み込んでいく。その姿勢は、やはり「覇王」の雰囲気すらまとっている。
本当に恐ろしい後輩に育ってしまった。
「負けました」
相手はそう言って頭を下げた。
葵ちゃんは危なげなく2回戦に駒を進める。
それに文人も続いた。得意な角換わりで、序盤から圧倒していた。
おれは、かな恵の様子を確認する。
相手は、三年生の男子だ。対局前は、相当気合いが入っていた。
しかし……
「なんだよ、あの盤面……」
おれは驚愕の声をあげる。かな恵が圧倒していたんだけど……
「なあ、あそこの席、全駒されてるよな?」
「ああ、あれは酷えや」
「なぶり殺しだよな」
「あれが、最後の大会とか、ショックだろうな」
かな恵は、あえて、攻撃にふみこまずに、じっくり首を閉めるかのようにじわじわと蹂躙していく。
真綿で首を閉めるかのように、なぶり殺しだ。
「佐藤妹、こええええ」
「さすがに、団体戦優勝校のスタメンだよな」
「ああ、勝負に辛い。激辛流だ」
ギャラリーたちも震え上がる勝負術だった。
かな恵の目のハイライトは消えている。
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用語解説
全駒……
相手のすべての駒を取ってしまうこと。または、それに近い圧倒的な大差がついた状態。
激辛流……
大きな差がついていても、勝利を焦らずにじわじわと勝ちに行く将棋のスタイル。またの名を「友達を無くすたたかいかた」。




