第二十三話 入門戦法
「棒銀と中飛車。これは昔から初心者の人がおぼえるのに最適と呼ばれている戦法なんだ」
「そうなんですか。なにか、理由とかあるんですか?」
本当にできた後輩だ。意欲が高い。
「いくつか理由はあるんだ。まず、攻撃の形がおぼえやすくて、応用も効きやすいこと。次に、相手がどんな戦法を使ってきても、この戦法で戦うことができること。最後に、積極的に攻撃をしかけることで、とても勝ちやすいこと」
「特に、最後は魅力的ですね」
メモをしながら、彼女はそう言う。
「やっぱり、将棋は勝てないと楽しくないからね。負け続けてやめてしまう初心者も多いんだ。じゃあ、最初は棒銀から説明するよ。それをおぼえたら、中飛車にチャレンジしよう」
「はいっ!」
この様子を、部長はうらやましそうに微笑んで、みていた。あとが、少し怖い。
「棒銀は、簡単に言えば、飛車と銀のコンビネーションで敵陣を突破する作戦だよ」
「この前言っていた攻撃に参加する方の銀ですね」
「よくおぼえているな~。そう、その銀を飛車の前に動かして、歩と一緒に前進させていく。真ん中まで来たら銀を歩と並べて、攻撃開始。敵の対応ができていなかったら、敵の金や銀と自分の銀を交換してたちまち飛車が龍となって作戦勝ちだ」
「こんな短い手順なのに、もう龍ができた……」
「これが、棒銀のやり方。簡単でしょ?」
「はい、ちなみになんですが、敵が対策をして、銀同士の交換ができないときはどうしたらいいんでしょうか?」
要点をビシバシ当ててくるな。
「その場合の対応はふたつ。香車以上の強い駒と銀を交換する手順を探す方法。銀をおとりにして、角で敵陣を突破する手段をみつける方法。このどちらかを考えてみて。じゃあ、あとはぶつかり稽古で手順をみにつけよう」
「わかりました」
※
「じゃあ、棒銀にも慣れてきたので、中飛車も説明しようか?」
「お、お願いします」
「中飛車は振り飛車の戦法だよ。名前の通り、飛車を中心に動かしてカウンターを狙うんだ」
「は、はい」
「中飛車でカウンター狙うコツは、盤の中心を抑えることだよ」
そういって、おれは5五に歩を動かす。
「ここをおさえるとなにがいいかわかる?」
「えーと。敵の角の動きを制限できます」
「正解。まだ、はじめて少ししか経っていないのにすごいね」
「桂太さんの教え方がうまいからです。それに褒めてくれるのでやる気でます」
「よかった。それにもうひとついいことがあってね。この銀をこう動かすと……」
「あっ、棒銀みたいになった」
「そう、この連携で敵陣に攻撃をしかけることもできるようになるんだ。さっき、勉強した棒銀の戦い方がここでも活かせるんだよ」
「だから、棒銀を先におぼえたほうがいいんですね」
「そう、棒銀は将棋の基本的な攻撃のやりかたをおぼえられる戦法だからね。じゃあ、次は中飛車の守備のやり方だよ」
そう言って、おれは盤に局面を再現する。
「王を右側に移動して作っているのが、美濃囲い。中飛車では、金と銀1枚ずつだけど、他の振り飛車では金がもう一枚つけられる。これは簡単に作れるのに横からの攻撃に強くなれるんだ。反対側では、他の守備陣が敵の飛車からの攻撃を見張っている」
「な、なるほど」
「そして、この陣形を作ったら、あとは敵と駒同士を交換するように動いてみて。そうすることで、カウンターが決まりやすくなるんだ」
「わかりました」
※
「ふう、今日はたくさん将棋ができたね」
おれたちは、下校時刻になったので部屋の片づけをしていた。
「すいません、ずっと練習につきあってもらっちゃって」
「大丈夫だよ。やっぱり、ひとに教えるといろいろと発見があってとてもおもしろいし」
「あ、あと、プリントとかわざわざ作ってくれましたよね? 本当にすいません」
「いいよ、いいよ。源さんはものおぼえがいいし、教えがいがあるよ」
「こんなに、優しいお兄ちゃんがいて、かな恵ちゃんうらやましいな~。わたしも……になっちゃいそう」
「うん?」
いや、決して難聴系鈍感主人公じゃないぞ。本当に聞こえなかったんだ。
「なんでもないです!」
彼女はあわてて否定した。
「みんな、集まって」
部長の声でおれたちは集まる。
「土曜日、予定ある人いる?」
誰も手をあげない。
「よし、じゃあみんなには、市の将棋大会に出てもらいます。葵ちゃんも初心者の部があるから遠慮しないでね。手続きはほぼほぼ終わってるから安心して」
「えっ……」




