第二百二十八話 ひとりの夜
私は家に帰って、ひとり部屋にこもった。
さきほどのレストランでの兄さんとの会話を思いだす。
「その沈黙が答えですよね」
兄さんに、やつあたりしてしまった。私は自己嫌悪に陥っていた。
優勝し、私のために勝ったという兄さんにお礼すら言わずにひどいことを言ってしまった。今日は眠れない。
私は盤をひっぱりだして、駒を動かし続けた。そういえば、この駒と盤はお父さんの形見だ。大会前に私は新戦法の研究を始めた。無謀なことだとわかっているけれど、何かを変えたかった。明日は勝たなくちゃいけない。お父さんが生きていた時のように、勝ちにこだわった勝負をしなくてはいけない。
だから、私は盤と駒に集中した。明日は、勝つ。
そして、あの鈍感な兄さんに、すべてを分からせてやる。
私はリベンジを誓って研究に励んだ。
すべては、明日のため。兄さんのため、そして自分のために……
明日、私はすべてに勝って、すべてを失うのだ。
そうしなくてはいけない。もう、いない人の幻想に囚われるのはやめにしなくてはいけない。
※
結局、かな恵とは何も話すことができなかった。
落ち込んでいる妹に、兄らしいことができないなさけない男だ。でも、しかたないじゃないか。まだ、兄妹になってから、2か月くらいしか経っていないんだから……
あんまり、深く考えるのはよそう。明日の個人戦に悪影響が出る。
俺は、気分転換の音楽でも聴こうと、スマホをいじると、ノックの音が鳴った。
「桂太くん? 起きている?」
一瞬、かな恵かと思ったが、声の主は「尚子さん」だった。
「はい」
「よかった、入るわね」
尚子さんはそう言っておれの部屋に入ってくる。
「どうしたんですか?」
「えーっと、かな恵のことで聞きたいことがあってね」
やっぱりか。大会から帰ってきて、かな恵は部屋に閉じこもってしまった。両親も心配しているのだろう。
「今日の大会で、なにかあったのかな? あの子?」
「大会で連敗しちゃったんですよ。それで、自信を無くしてしまったみたいで……」
「そっか……」
「すいません、自分も上手くフォローできなくて」
「ううん、桂太くんのせいじゃないわ。でも……」
「でも?」
「話しておきたいことがあるの……」




