第二百二十六話 ありがとう
対局が終わってからの、1時間はよくおぼえていない。
控え席に戻って、みんなと喜びを共有して……
文人になぜか思いっきり殴られて、葵ちゃんが感動で抱きついて来て、部長に優しくねぎらわれた。
かな恵も、席に戻っていて、おれに優しく「お疲れ様でした。兄さん……」と言ってくれた。
おれはみんなに一言だけつぶやいた。
「ありがとう」って。
その後の表彰式。
そして、俺たちは優勝杯と賞状をかかげた。
最高の時間だった。
※
「桂太、くん」
表彰式が終わり、なにかの拍子で部長とふたりきりになった。
「ありがとう、ね。私のために勝ってくれて」
部長は珍しくしおらしい口調だった。
「はい、部長のために勝ちました。ここで勝たなくちゃ、1年間いっぱい将棋を教えてもらった恩を返せないと思って…… あと……」
「あと?」
自分でもちょっと恥ずかしい言葉だと分かっていた。
「女の子が泣いているのに、あそこで勝たなくちゃ男じゃないかなって」
言って、少しだけ後悔した。キザすぎるし、将棋オタクがつぶやいていいシロモノじゃないような気がしたからだ。
「ちゃんと、男の子、してるんだね、桂太くん」
部長は、少しだけ赤面していた。
「一応、男子ですから、ね」
「無理している感じが、すごいよね」
部長はいつもの感じに戻って、おれを茶化してきた。
「言ってから、後悔しました」
「でしょー」
「はい」
「ばかだな、ホント」
「反省してます」
「でも……」
「……」
「今日は、すごく、カッコよかったよ」
部長は今まで見せたことがない表情で微笑んでいた。
「でも、明日は、負けないよ」
ちゃんと、オチもついていたけど。
※
その後、部長と別れたおれは、トイレで山田さんと出会った。
「やあ、佐藤くん。今日はお疲れ様。あと、おめでとう」
そんなフラットな感じで急に声をかけられたのだ。
「ありがとうございます」
「特に最終局は、すごかったね。うちの立川だって相当だったはずなのに、それを完膚なきまでまでに粉砕してくれた」
「……」
「半年前とは、もう別人だね。準決勝で会えることを楽しみにしているよ」
「はい」
「そして、借りは返す。倍返しだよ」
山田さんは、いつものフラットな口調とはかけはなれた勝負師の声で、笑っていた。
※
明日は個人戦ということで、打ち上げは明日ということになって会場前で解散した。
「兄さん、ご飯でも食べて帰りませんか?」
みんなと別れた後、かな恵はおれをそう誘った。




