第二百二十五話 決着
兄さんは、金のただ捨てという奇手を指した。どういう意味の手なのか、皆目検討もつかない。
「嫌だ」
私は拒絶の言葉をはいてしまった。だって、
「兄さんまで、遠くに行かないで」
彼が私の手に届かない場所まで行ってしまうと思ってしまった。私の本当のお父さんと同じように。
今まで義理の兄妹ということで、不思議な関係だった。でも、最初から彼のことが……
好きだったのだ。ひとめぼれだった。
どうして、こんな形でしか巡り合えなかったのだろう。普通の部活の後輩として知りあえていたら、葵ちゃんのように……
また違った関係になれただろうか。
そんな風にもしもばかりを考えている自分が情けないし、大嫌いだった。部長のようにまっすぐに気持ちを伝えるべきだし、葵ちゃんのように貪欲に将棋に熱中するべきだった。
どちらもできない中途半端な存在が自分だ。
もっと素直になることができれば……
おいていかないで、兄さん。
そうすがることしか私にはできなかった。
すごい戦いをしているみんなの様子を見ながら、私は覚悟を決めた。
「そうだ、勝てばいいんだ、勝てば」
修羅の道を突き進む覚悟を……
※
「これで一気に決める」
負けられない。みんなのために、そして、自分のために……
ここから続く11手は、もうすでに読み切っていた。
△1七桂▲2八玉△1九銀▲1七玉△2八角▲1八玉△1七銀▲2九玉△3九飛▲同金△同龍
ノータイムで俺は攻撃を続けていく。立川さんの表情がどんどん白くなっていく。
自分の負けが確定したことを少しずつ理解していく作業だ。だが、ここで慈悲は必要ない。彼女が投了するまで、正確に詰将棋を解いていくだけだ。
彼女は自分の学校の伝統とプライドのため、最後まで指し続けた。
そして、俺は龍を打ちこんだ。
会場は静まり返っている。
みんな歴史が変わるということが理解できないでいるのかもしれない。
「負けました」
彼女はそう言って、頭を下げた。
決勝戦の最終局は、126手をもって、後手である俺の勝利で終わった。
そして、
俺たちが、優勝した。
会場の観客からは大きな歓声が聞こえはじめる。歴史は変わったのだ。




